2018年1月 4日 (木)

ロートレック展

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          明けましておめでとうございます。本年もよろしくお願いいたします。

友人から戴いた年賀状にこんなにたくさんの犬のシールが貼ってあって可愛い。これは捨てられません。407x450
昨年11月から12月にかけて1ヶ月余の間にすぐ治ったのですが、何と4回も風邪を引いて今までは年に1回程度だったのにと加齢もここまで進んでしまったのかと少々気落ち気味でした。
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初詣も夫に代表で行ってもらって拝んできてもらいました。その間、当番で回ってきた高校女子会の50人の名簿作りで、今は電話も固定と携帯の両方が多く、E-mailもあって長ったらしくなり疲労困憊。まあ打ち終わったので一安心。
暮れから体力を温存のため、働かないことにし、病気以外では初めておせち料理をサボって取り寄せし、手抜きのお正月会。初めて「獺祭」を試飲、日本酒の味が全然わからない。何でも杜氏のいない酒造だそうで。ワインはボルドーで渋い。

昨日3日は恒例のダイヤモンド富士撮影。これも夫だけ行って撮影。電池切れでここで終わりになってしまったとか。

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今日は久しぶりに電車に乗り、東京駅で降り、三菱一号館美術館へ『パリ❤グラフィックロートレック展とアートになった版画・ポスター展』という今までにない長い名前の美術展に行ってきました。
すっきりした東京駅丸の内側と東京駅全景

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こんなビルの壁。時々替えるのでしょうか。
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19世紀末期のパリ、ロートレックや世紀末前衛芸術家(ヴァロットン、ボナール、ドニ等)たちによって、版画が絵画と同じく芸術の域まで高められ、それらを収集する愛好家も出現したそうだ。美術が人々の暮らしにまで浸透したのもこの時。かくして「グラフィック・アート」が生活と芸術の結節点だということです。
三菱一号美術館は随分たくさんの作品を所蔵していて、アムステルダムのファン・ゴッホ美術館の貴重な19世紀末版画コレクションと合わせて約140点が集められている。
たくさんの人の作品が展示されているけれども、何と言ってもロートレック!上手い事ピカイチ。表情、体の線、色使いなど惹きつけられる作品ばかり。特にポスターはミュシャもいいけれども、その上を行く作品群ではないかと私は思います。貴族の出でありながら遺伝子疾患で成長停止になり、絵を描きながらも差別を受けたことから、アルコール依存や梅毒になり36才の若さで亡くなる。ゴッホも気の毒だったけれども、別の意味で可哀相な画家でした。
一部屋だけ撮影可能でした。
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2017年12月28日 (木)

世田谷一周区境ウォーキング第3回に参加

448x650_212/17(日)に使っている東海道歩きの地図の発行元・風人社が主催する「ホントに歩く 世田谷一周ぐるっと区境ウォーキング」の3回目に参加しました。1,2回目は他事と重なってパス。23区で世田谷区は社宅に住んでいた杉並区とその後移り住んだ武蔵野市と同じくらい住みたかった区であるが、結局終の棲家はその延長の中央線の区から大分はずれた西の方になってしまった。いざその憧れの世田谷区へとは言っても区境なのですが。

3回目は下高井戸~駒沢大学(14㎞)
ちらしの案内をそのまま写させていただくと・・・
駒場・駒沢・下馬…‥馬と共にあった世田谷の昔に思いを馳せる。三宿・池尻に明治期から増えた軍施設の名残を見る。駒沢はゴルフ発祥の地・・・とあります。

出発点は京王線下高井戸駅で正午に出発し明大前、代田橋駅あたりまでは線路に沿って杉並区の境を歩く。

    出発駅のそばにカラスミらしき食品が干してあって指をくわえて眺める
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    区境は甲州街道沿いで杉並区側に築地本願寺和田掘廟所がある
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               その隣は明治大学キャンパス
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京王線代田橋駅をくぐり線路と少し離れて玉川上水緑道と第2緑道を東へずっと歩く。(踏めなかったけれども駅へと曲がる先に杉並・渋谷・世田谷の三境集合地点がある)

ゆずり橋からの玉川上水。人口が増えて給水路が増え使われなくなった玉川上水が、1986年に20年ぶりに水を流すようになったそうだ。
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玉川上水から分水した水路が何本も出来、世田谷区内でも北沢用水(北沢川)、烏山用水(烏山川)などが農業用水として使われた。
区内では代田橋駅付近からゆずり橋までのほんの小区間が昔ながらの水路で、下流は概ね暗渠で緑道となっている。

世田谷区立の2000年公園があった。富士山プレートに経緯度・海抜が書いてあった。ここからは富士山は見えない。
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笹塚のそばでしたか、渋谷区と世田谷区の境の家で世田谷区側に住んでおられる渋谷さんの家が紹介されて笑いました。

三境集合地点 真ん中横断歩道の向こう側が目黒区、手前が渋谷区、右手が世田谷区。
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        目黒区の駒場通りの日本民芸館 以前来たことがある。
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目黒区立の駒場野公園で休憩(ここも以前来たことがある)
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ケンネル田圃 旧駒場農学校の実習田でドイツ人教師ケンネルが実習と研究したのにちなんでつけられた。今は筑波大付属駒場中学高等学校のもの。
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           駒場地蔵尊とあった(〆切地蔵とも言うのか?)
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       池尻の騎兵山に馬神碑があって人参が備えられていた
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騎兵山の反対側から上って行くと騎兵第一聯隊址があって、秋山吉古(司馬遼太郎の「坂の上の雲」がドラマと共に懐かしい)が建立した碑が建っている。
明治24年に陸軍騎兵大隊・乗馬学校が池尻に移転し、明治30年に現在の世田谷公園の辺り一帯に駒澤練兵場ができたということで、駒場の方から下馬・上馬・駒沢と実に広い地域が乗馬学校や練兵場であったことを知る。
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      北沢川緑道と烏山川緑道の合流点でここから目黒川緑道となる253x450_4
目黒川緑道は冬の今もお花が一杯で素晴らしかった。パピルスも植えられている。
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池尻大橋の高速をくぐると両区にまたがって陸上自衛隊三宿駐屯地がある。当時駒澤練兵場での急坂道訓練など過酷な訓練が行われたという。
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道標1766年(明和3)建立。西せたがや道、南ゆふてん寺道、北めぐろ道と書いてあるそうだ。
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芦毛塚の碑 1189年(文治5)、奥州藤原氏攻めで頼朝がここ蛇崩川を通った時、愛馬「葦毛」(碑では芦の字)が落ちて死亡。碑は昭和43年建立。
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この後、下馬地区の区境を歩き、世田谷区の地図で東側真ん中の尖った部分、富士エリア(富士山は見えなかった)を通り、九十九里浜のように地図ではカーブしている区境を歩いて田園都市線の駒沢大学駅へ5時頃到着。飲み会(懇親会)にも出席し、いろいろなエキスパートの方々と一緒に歩いていたのだと驚くやら感心するやらの会でありました。1月に第4回目の二子玉川までのも歩く予定です。

この1年もありがとうございました。来年もまたよろしく願いいたします。

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2017年10月19日 (木)

「猫百態」展 朝倉彫塑館にて

台東区立・朝倉彫塑館は国指定名勝で国登録有形文化財です。昭和10年に現在の原型が完成したそうです。
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朝倉文夫はここを「朝倉彫塑塾」と命名し、門下生を育成し、住まいと学校と生育の場が一体となっていました。
2度目ですが、建物の素晴らしさを認識していませんでた。撮影禁止ですが玄関と屋上だけは禁止マークなしです。
大きな鯉のいる池と様々な素晴らしい石が並べられた中庭は、和風の住居棟とコンクリート造りのアトリエ棟に挟まれています。アトリエは天井高8.5mで三方向から光りを取り入れている。
和風建築には竹がいろいろな所に形を変えて使ってあり、様々な木を用いた床の間、天井などや置いてある家具なども垂涎もの。書斎は天井までガラス張りで凄い蔵書で埋まっている。

                    門と玄関

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屋上 スカイツリーが半分以上雲の中というのは初めて見ました450x338_5
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ところで「猫百態」展では猫の様々な姿態を、石膏とブロンズで見ることが出来ます。
ちらしに書かれていますが、猫は、予期しないような動き、人を避けるような仕草、奔放で媚を売らないかと思えば甘え上手な性質。朝倉氏はそうした猫の特性を好んで制作したそうだ。
写真で拝見すると10数匹飼っていたようです。見ていてとても楽しい。312x450

               夕焼けだんだんの方に行ってみる380x285_2
以前もブログに載せたりしている、お店や屋根の上の猫など、猫だらけの谷中銀座でした。450x338_8
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もう終わってしまいましたが、都美術館の「ボストン美術館の至宝展」ではゴッホの肖像画と曽我蕭白が見られて感動し、太田美術館の「月岡芳年・月百姿」が素晴らしかった。
そして生誕150年記念で練馬区立美術館で開かれた「藤島武二展」は色々な画風に挑戦した画家の絵を150数点見ることが出来ました。練馬区は豪気、75歳以上は他の地域の人も無料です。
運慶展は行列が長くあきらめましたが、芸術の秋は早稲田大学の方の美術史講座がまた始まって、復習もままならず、読む本もたくさんあって、それなりに暇人の私もちょっぴり忙しいです。

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2017年10月15日 (日)

近所で御開帳

ローカルな話ですが
近くの武蔵国分寺跡の方、国分寺仁王門の奥に国分寺薬師堂があります。
年に1回、10月10日に薬師堂内の「木造薬師如来坐像」の御開帳があります。ここに引っ越してきて21年にして初めて見てきました。

仁王門 国分寺市指定文化財 宝暦年間(1751年-1763年)の建立で、入母屋造の八脚門450x338
薬師堂 国分寺市指定文化財
建武2年(1335年)新田義貞の寄進により、武蔵国分寺史跡の金堂跡付近に建立されたと伝えられています。現在の薬師堂は宝暦年間(1751年から1764年)に今の場所に移され、建て替えられたものです。以前の建物は義貞が分倍河原で負けた時に焼き払ってしまったとのこと。その時薬師如来は持ち出されて無事だったのでしょう。450x338_2

木造薬師如来坐像 国指定重要文化財 平安時代末期から鎌倉時代初期の制作。作者不明。寄せ木造、漆箔仕上げ。像高191.5㎝。
今国立博物館で運慶展をやっているが、康慶・運慶親子の活躍した時代とほぼ同じ時代のもの。800数年ここにおわして、お顔も黒く変色して痛々しい感じです。今度は御開帳の祈祷の儀式から見てみたい。338x450
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                  左脇侍・日光菩薩と十二神将のうち六体 元禄2年制作450x338_3
                   右脇侍・月光菩薩と十二神将のうち六体 元禄2年制作450x338_4
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天井に龍が描かれるが色も褪せて見えない。寺額は東大寺西大門の勅額を模したものだそうです。450x338_6


帰り道
      花の時は気が付かず、実がなって初めて気が付くサネカズラ450x338_7
               マユミの実はまだはじけていない300x260

谷中で買ってきてもらった「もにゃか」という名の最中。餡は羽二重団子に入っているものだそうで美味しい餡子。猫ちゃんをパクリはちょっと気が引けたけれども。300x225

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2017年9月18日 (月)

鎌倉16 梶原・寺分へ

今日は敬老の日。テレビで84歳の双子の姉妹が日替わり定食屋とお惣菜屋を切り盛りしている姿を放映していました。それぞれ結婚した相手の会社が倒産して二人で1億2000万円の借金を8年間で返したという。今も夜10時まで立ちっぱなしで料理を作り、昼と夜の日替わり定食の他、何種類もの惣菜を、あるいは200食の弁当を作っている。お姉さんの方は最近大腸癌や肝臓癌で3度も入院しているが、退院してきた日から働いているという。何という根性のお二人でしょう。私には雲の上の人です。

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9/14(木)、大船駅から湘南モノレールに乗って3つ目湘南深沢で降り、寺分(てらぶん)と梶原(鎌倉景通の嫡男の梶原景久がここ梶原で梶原氏を称した)の3寺2社を回る。1時間もあればゆっくり回れてしまうとても狭い範囲内にある。
鎌倉も4/25以来です。湘南モノレールに乗るのも30数年ぶり。大船駅から湘南江の島まで間に6つの駅があり14分で到着してしまう。驚いたことにスイカ・パスモが使えず、切符を買うのは久しぶり。降車駅で切符を集めるのは運転手か車掌です。それでも今日では年間乗客数延約1,000万人に及ぶという。

94 等覚寺(梶原)
 高野山真言宗 創建は1394~1428年。

                                    茅葺の山門が目を惹く450x338
                     本尊は不動明王で、あわせて出世子育て地蔵を祀る。450x338_2
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                                             弘法大師像450x338_4
シュウメイギク ちょうど2年前の9/16に鎌倉小町から歩き始めたときに、宝戒寺ではヒガンバナ、大巧寺ではシュウメイギクやハギ、オトコエシ、ワレモコウなど秋の花々が咲き乱れていたことを思い出しました。あれから2年、あと1回で鎌倉市巡りも終わります。450x338_5

95 大慶寺(寺分)
 円覚寺派。五山に次ぐ寺格を持つ臨済宗の禅刹の関東十刹の一つ。
「寺分」とは「寺領であったところ」を意味する。地名の由来は、南北朝時代から戦国時代に、大慶寺の寺領であった(大慶寺は後に廃絶)。寺名を略して「寺分」と称した。今の大慶寺は大慶寺の塔頭だった「方外庵」を改称したそうだ。
開創は1278~88年頃。開山は大休正念という中国僧で1269年に来日して建長寺や円覚寺に住持した高僧。

                                        ここも茅葺の山門450x338_6
                                                  本堂 450x338_7
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                               ビャクシン2株は市指定天然記念物2_450x338
                                     市指定文化財の石造・宝塔二基2_338x450
                       オキザリス・ボーウィがたくさん咲いているお寺です450x338_9
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96 駒形神社(寺分)
 大慶寺と次の東光寺が並ぶその間の反対側にある神社
 寺分の鎮守だが84段の階段を上るとひっそりと小さな社殿が建つが参拝する人はいない。338x450
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97 東光寺(寺分) 高野山真言宗
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四国八十八ヶ所お砂踏霊場 四国八十八ヶ所霊場の砂を弘法大師像の四方におさめ、それを踏みながら回ると八十八ヶ所遍路と同じ功徳があるとされる。450x338_15
ストロベリーキャンドルのような色の千日紅    オミナエシ
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このキク科のような花の花弁が面白く見たことがない。末広がりで先が3裂している。
ヘレニウム(ダンゴギク)だそうです。いつもいつもoさんことorangepskoさんありがとうございます。450x338_19
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98 梶原御霊神社(梶原) 
 ここにも、坂ノ下(長谷寺近く)の御霊神社と同様、鎌倉権五郎景政を祀る。1190年梶原景時が建立した。
 鎌倉権五郎景政は武勇が名高く、剛毅で武士の誇りの高い人物だ。後三年の役の時、敵に右眼を射られながら、その敵を射殺し、三浦為継が景政の顔を踏んで矢を抜こうとしたら、その無礼を怒ってひざまずいて抜かせたという。今、日本にこんな凄い人がいるでしょうか。338x450_3
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                      やぐら450x338_22

           ケイトウ  コシキブ(コムラサキ) ヒガンバナ450x338_23
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2017年9月11日 (月)

幽霊の額の三角(△)の意味

雑大で「幽霊の額の三角(△)の意味するもの」という講義を聞いてきました。学習院女子大学名誉教授 増田美子氏

三角額当ては死者の額に付けられ、この世の人物と区別する象徴的なアイテム。江戸時代中期から後期には、幽霊を象徴する印となる。
幽者(死者)の△額当ての原型(埴輪に見られるもの)は、神の恩恵を受けて神のもとに行くものの印としての鬘の一種であった可能性が大きい。
埴輪の写真を見せていただいたが、なるほど人物埴輪には三角文でびっしりである。古墳の壁画や石棺にもである。同じく朝鮮半島の器やモンゴルの三角飾り、中央アジアの三角のお守りなどもある。古代では三角が好まれ、三角文が多いということだ。

日本の祭礼に関しては、古墳時代成立の三角額当てが原点と考えられ、そのベースは山を象ったものとする。しかし9世紀以降の歴史の中で、これに密教の一切遍知印の三角の意味が加味されたと考えられる。中世になると武士の祭礼に仏教が深く関わるようになり、祭礼に関わる人の額には、密教の一切遍知印の象徴ー煩悩を焼き尽くす象徴・悟りを求める印ーである△を付けることがなされるようになったのではないか・・・という凡その結論です。
昔の絵巻などにこの三角形を探すのが面白くなってきました。

●クレマチスの鉢に、なんとムカゴが!クレマチスがムカゴを作るなんてと思って調べたみたら、作ることはないと書いてありました。昨年まであったお隣のヤマイモのムカゴがよりによって、葉がとてもよく似ているクレマチスの中に着地していつの間にか占領していたのでした。慌てて絡まってるかなり長い弦を抜きました。

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●キッチンハイターをたわしに付けて洗っていたら、逆さまつげで殆ど下の睫毛がなくてゴミが入りやすい私、瞬きする運動神経もかなりなくなっているので、そのキッチンハイターが目に入ってしまいました。慌てて、目を洗ったものの痛い!すぐ眼医者に飛んでいきましたが20人待ち、やっと診察し、大丈夫とのこと、一安心したのでした。
それ以後は油を使う料理やハイターを使う時、白内障手術後に使ったゴーグルをしています。
今度は草取りをしたら、掘り返した泥が目に入りまたまた往生したので草取りもゴーグルをしてやらねば。
まあ、いろいろと手間のかかる老体であります。
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2017年8月20日 (日)

『アルチンボルト』展 国立西洋美術館

イヌキクイモ 花期が7~8月で根が芋にならない。キクイモは花期が9~10月で遅く芋が出来る。
地下茎でいつも数十株立ちするので背が低く花も良く咲かなかったが、今年は2本にしたら何と、2.6mの高さになってしまいました。450x338
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ゴーヤに今年は虫が寄ってきて、まずカブトムシがずっと居続け、そのあと同じゴーヤにカマキリが何やらお仕事を。
その上の方のゴーヤにはあの臭いカメムシが連日やってきて、そのゴーヤだけに居ついているので、このゴーヤは収穫しないことにしました。338x450
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お鷹の道にて          昔この辺りにあったという水車が流れの中に復元されていた813_338x450
        ホトトギス          ルドベキア・タカオ
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       オミナエシ             キツネノカミソリ
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『アルチンボルト』展 国立西洋美術館
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ヒエロニムス・ボスの絵や歌川国芳の「人かたまって人になる」「みかけハこハゐがとんだいい人だ」なんて面白いが、アルチンボルトも見飽きないほどの作品だ。
ジュゼッペ・アルチンボルト(1527~1593)はどんなお顔?、自画像がありました。とてもダンディ、美男子で素敵な画家です。
ミラノ生まれのイタリア人なのに、殆どウィーンとプラハのハプスブルク家の宮廷で活躍し、大作《四季》と《四大元素》を皇帝に献上した。
花や野菜、魚、鳥、獣といったモティーフを思いがけない組み合わせで人の顔に描いているのである。四季と四大元素がペアで向き合うように構成されている。

《大気》-《春》 大気は鳥がびっしりで頭を見ていると不気味。春は80種以上の花や草で描かれる。

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《夏》 -《火》  夏は野菜や果物からなり、鼻はズッキーニだ。火は火打ち石とか導火線や薪など火に関連するもの。
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《大地》-《秋》 大地は動物の寄せ絵でライオン、象、羊、兎などが見える。秋はブドウやワイン樽、栗などの収穫物。
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《冬》 -《水》  冬は切り株や苔、折れた枯れ枝、蔦の葉、きのこなど寂しい感じ。水はカニ、貝、エビ、タコ、エイなどの魚多数、サンゴまで。目や鼻、唇、耳や頬などが何で描かれているかに注目するのも楽しい。
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上下絵
上向けは<野菜>、下向けにすると<庭師>で良くできている。
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これらの作品は今は消失してしまっているのが多いが、いろいろなバージョンが残っていて、全8枚がいろいろな国から今回は集められた。
またアルチンボルトに追随する人も多くいて、その人たちの作品も並べられている。時間があればいつまでも眺めいていたい楽しい作品でした。

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2017年8月15日 (火)

鷗外の「庭」に咲く草花 展

特別展 鷗外の「庭」に咲く草花 牧野富太郎の植物図とともに と言う長い名前の展覧会に、終わる直前に行ってきました。

462x650千駄木の駅を降りて団子坂を上って行くと文京区立森鷗外記念館があります。
ここは鷗外の旧居「観潮楼」の跡地で、鴎外は1892(明治25)年から、亡くなる1922(大正11)年までここで過ごしました。
鬱蒼と植物が茂る様子を写した写真がありました。
明治・大正の文豪として夏目漱石と並び称される鷗外は軍医でもあり、評論家、翻訳家としての一面も持っていて、晩年、帝室博物館の総長や帝国美術院の初代院長なども歴任した、輝かしい経歴の持ち主でもある。、軍医として、脚気惨害をめぐる議論では一部擁護論はあるものの、批判も浴びてる。北里がペスト菌を発見した際もこれを痛烈に批判していることは頑迷固陋であったと言わざるを得ないと思う。それはそれとして・・・

鷗外の日記や子供たちに残したエッセイからは、草花を好み園芸を楽しむ一面を見ることが出来る。また自身の作品の中に500種以上の草花を登場させているそうだ。
作品の中の草花は、季節感や自然の美しさを忠実に伝えるものもあれば、鴎外の想いを伝える表現手段として登場するものもあるという。

そんな鷗外は、牧野富太郎と交流があり、牧野は何度も鷗外の家を訪れている。
この展覧会ではそうした鷗外作品に見られる草花と、観潮楼で咲いていた草花を牧野富太郎の植物図と共に紹介していました。
今の新しい園芸種は一切ないわけで、昔の家庭の庭をそのまま鷗外の作品で見られるというとても地味な展覧会でありました。
なかなか鷗外を読み返すことが出来ないが、こうした観点から明治大正の小説を読み返すのもいいかもしれません。

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GWとお盆休みはひたすら家の中だけでじっと過ごす我が家は、娘たちの夏休み中のお出かけ土産を食べ尽くしておりました(残るはおなめとジャムのみ)

・秩父土産ーーー和同最中、秩父おなめ(みそ)、しゃくしな(漬物)、ブルーベリージャム
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・大森土産ーーーのり大福(前出)

・箱根の帰り土産ーーー小田原籠清の磯三昧(桜えび太鼓判・さつま揚げ・いわし揚げ・珍味揚げ)、馬車道アイスクリンハーバー
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・山梨県土産ーーー黄金桃(すごく大きく普通の2個分)、夏のほうとう「おざら」、桔梗信玄餅、桔梗屋のどら焼きと桃まんじゅう
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2017年7月 7日 (金)

平塚の七夕祭り

今日は七夕様、この数年ずっと雨でしたが、今日は彦星と織姫は目出度く会えるのでしょうか。
子どもの頃から願いごとを書いた色とりどりの短冊や飾りを笹の葉につるし、星にお祈りをする習慣でした。

隣の市に住んでいたので、平塚の七夕祭りは、子供の頃から良く見ていたが、もう40年以上見ていませんでした。
あの頃の記憶に残っているのは、各お店から大きな竹が出ていてそこに立派な飾りがあり、毎年瀧口カバン店?が優勝していたことだけです。
今は全く様変わりしたようにも思え、途中から各連?の踊りが始まっていました。
今日の午前中の様子を見てきたのでほんちょっとご覧ください。
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もうお願いは忘れているかもしれませんが良い七夕の夜をお過ごしください。


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2017年6月16日 (金)

川柳&「バベルの塔」展

先日のクラス会で、神戸で宿泊などお世話になったMさんがみんなに、シルバー川柳の選り抜きを印刷してきてくださって、いっとき大笑いしました。
いやになるくらい殆ど当てはまって、一緒に勉強していた55年くらい前、思いもつかなかったことです。日々失敗が多いけれども、こうしてボケないで笑えるうちは最高です。
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ブリューゲル『バベルの塔』展 於東京都美術館

ボイスマン美術館所蔵のもう一つの「バベルの塔」を見てきました。(クリックで拡大)

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チラシの1枚目(59.9×74.6㎝)ですが、なんと1400人の人がいるらしいのです。人がいろいろな作業やしぐさをしているのですが、2~3㎜の大きさにしっかりその様子が描かれているとのこと。点として確認できるかできないかの人をです。この細部のリアリティは、これはもう超絶技巧としか言いようがない。拡大した絵(真中の絵がその一部)があったのでやっと人の確かな存在を確認しました。ミクロの想像力と表現されてもいる。
もう1枚のいわゆる「大バベル」は114×155㎝でかなり大きく、人の存在がきちんと見える。

そしてブリューゲルはあの奇妙な絵を描いたヒエロニムス・ボスの影響を受けていて、版画として22枚も来ています。ボスの絵と見間違えてしまう。
ボスの作品は有名な2点「放浪者(行商人)」と「聖クリストフォロス」ですからあの奇怪な絵とは違うけれどもなかなか味わい深いです。

動物園にパンダの赤ちゃんが生まれて祝福ムードの上野ですが、動物園側は改修中なのでしょうか、こんな塀がめぐらされています。
ハシビロコウ(嘴広鸛)は読めなかったです。動物園にいるのですね。
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