2020年1月31日 (金)

目青不動尊


雑学大学では元朝日新聞社記者の秋山紀勝氏の「最近の世相を斬る」の講義がありました。

まだまだ問題の原発、いまだ五里霧中の森友・加計問題、地球温暖化問題。

そして「桜を見る会」問題。現在の通常国会でもいまいちはぐらかされていて突っ込みが的を得ていないのじゃないか?
答弁から先、改善されないのがいつものこと。二階氏の「桜は散った」発言あり。
河井夫妻問題も巧妙だけど、呆れる。

どんどん借金を増やし続ける阿倍政権。国と地方を合わせての1100兆円の借金はどうなるのか?MMT(現代貨幣理論)という、国債などを無制限に認める理論があるそうだ。

IR問題。ギャンブル依存症が増加し、その家族を巻き込む悲劇が増えることが恐ろしい。昨日もニュースで報道されたが依存症の人が詐欺その他の悪いことをして借金の埋め合わせをしているという。そんな人が回りに増えたら困る。参加するのに積極的な都市も困りものだ。

山本太郎氏の消費税ゼロの話。夢のような話だけれども。トヨタなど80社くらい、1社に何百兆円の留保金があるそうでそれをあてにするらしい。

阿倍一強が続く原因。それはメディア操作と選挙資金を握る。
政党交付金、昨年は総額は317億7300万円。そのうち自民党は178億9400万円。国民一人当たり250円の負担だそう。自民党の党資金が200億という。これを彼は一手に握っていることになる。
又、マスコミの操作の仕方が上手なのだそうだ。孫子の兵法(数を2、3に分けて戦え)を地で行く。単独会見というわけだ。

終活、無葬社会、家族葬、墓仕舞いなどが話題になっている。
♪「千の風になって」の意味を聞いてちょっとなるほど!

火葬されてお墓の中に入るのは骨だけ。(人の体に含まれる細胞は約60兆個で、1個の細胞は1000兆個の素粒子からなる)
生物は、骨などを除けば、主に有機物から構成されている。ほとんどの有機物は、元素として炭素、水素、酸素、窒素(および硫黄、リン)から構成されている。これらの元素は高温でかつ十分に酸素を供給して焼却すると、完全燃焼して二酸化炭素や水蒸気などの気体となって散逸する。一方、体内に微量に含まれている無機質、特に金属元素(カリウム、カルシウム、マグネシウムなどの化合物類)は燃焼しても気体にはならず、固体として後に残る。これが灰である。(Wikiより)

講師によれば、骨と灰の成分を除いて火葬場の煙突から流れ出、千の風に乗って世界中を回って戻っては永遠に私たちの周りを回っているから親もそばにいるという。だから死ぬことは悲しくないというものでした。


●1月上旬の長瀞・宝登山のロウバイ

山に登る会もとりあえず今年いっぱいということで名称も「低山友の会」と変更し、回数も減らしてスタートしました。
1回目の宝登山は標高497mあるも、行きはロープウェイで行くという、低山中の低山となりました。2_20200131123501

ロウバイはまだ満開ではないが、いい匂いを漂わせ ている
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冬桜
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遠くの霞んでいる山が百名山の両神山。無理だけれど登りたいなあ!
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頂上にある宝登山神社奥宮
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●目青不動尊

友人とミッドタウンの酢重レストランで食事をして、世田谷の三軒茶屋、太子堂の教学院・目青不動尊に行ってきました。佐平次さんに教えていただいた所です。
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正確には天台宗・竹園山・最勝寺・教学院です。
五大不動の目白不動と目黒不動に以前に行っていますが目は見ていませんでした。
目青というので目が青いのかと思っていた私は勉強不足。目は青くなかったのです。
五色とは[目」にあるのではなく、江戸城の東西南北中央の五方角を色で示したもの。あと二色(赤と黄色)を見てからまた復習したいと思います。
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世田谷区、名木百選の「チシャノキ」がありました。5,6月頃花が咲き、9,10月頃実がなるそうだ。
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2019年9月15日 (日)

萬福寺の梵唄(ぼんばい)鑑賞と人工知能の講習

萬福寺の梵唄(ぼんばい)

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以前、天台宗(延暦寺)と真言宗(金剛峯寺)の声明を聴きました。
今回は京都府宇治市の黄檗宗大本山萬福寺の梵唄です。黄檗宗では声明を梵唄と言う。
その特徴は唐音と呼ばれる明代の中国語の発音で唱えられる(聞いていて明代の中国語は、全く現代の中国語のように聞こえない)。そして速度が速くリズムが明確。木魚や太鼓、銅鑼など何種類もの鳴り物を用いて賑やかです。

萬福寺は禅宗の一つ。禅宗には栄西の臨済宗と道元の曹洞宗と隠元の黄檗宗の3つがある。
1654年に中国福建省から渡来した隠元禅師が後水野尾法皇や徳川四代将軍家綱公の尊崇を得て、1661年に開創した。

「朝課」「施餓鬼」「大般若転読」と3つの梵唄を聴いたわけですが、以前のとはまた全然違って美しい演奏?風景であり、特に最後のでは蛇腹状に折りたたまれた経典を流して読む姿は圧巻。とても上手な人のにずっと見とれていました。
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帰りのバスで、豊洲から老骨に鞭打ってこれだけは見たいと来たおばあさんも感動していましたね。私も結構細身なので、二人掛けの所に3人座れるくらい痩せてしまっているその方、86歳だそうで、もしそこまで生きたらその痩身具合が未来の自分の姿を見ているようでした。頭の方がしっかりしていて、どんなでも人前に出てくることを見習いたいと思ったことでした。

 

「人工知能で世の中どこまで変わるか」というタイトルの雑大での講座でした。

2年前に囲碁・将棋の世界最強のプロが人工知能(AI)に負けたニュースには驚いたものです。
人間の脳(ニュートロン)の働きをコンピューター上にも模式化し、計算速度が千倍、メモリが百万倍と言われると、一瞬、人間の能力は人工知能に劣り、人工知能に職を奪われる不安が広がったが、そう単純な話でもなさそうです。

人工知能に関するたくさんの文献、論文や新聞記事を読まないと理解できない分野ではあるが、その一つ、オクスフォード大学認定の、あと10年で「消える職業」「残る職業」が発表された。それによると、700の職業のうち、1位から10位までわからないけれど、ほんの一部となるが挙げられていたので記述してみます。
ルーチンワーク的な職業は、今後20年の間に、順次、消滅するという。20年かけて残るのは、より創造的な職業である。いずれも直ちにはできない。

残る職業 11位 栄養士
     13位 振付師
     14位 セールスエンジニア
     15位 医師及び外科医
     17位 心理学者
     19位 歯科医
     20位 小学校の教師
     28位 人事マネージャー
     32位 コンピューターシステムアナリスト
     35位 アスレチックトレーナー

残らない職業 689位 保険請求者
       692位 図書館の技術者
       693位 新規口座担当者
       694位 写真プロセス作業者
       696位 貨物及び貨物代理店
       597位 腕時計修理業
       698位 保険引受人
       700位 縫製業(手縫い) 

要は人工知能に教えたことはできるが、教えないことはできない。機械的作業は出来るが、自分で考えることはできないということです。
講師はおっしゃる:人工知能で新しい職業を造った人たちが、新しい職場を造るべきであると。

まだ1冊も人工知能に関する本も読んでいないでのですが、どんな世になっていくかの大半は見届けないのが残念でもあり、余計な心配をしないですむものであります。


すぐ近所の芝生に生えていました。オオシロカラカサタケ(猛毒)Sさんありがとうございました。
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2019年4月11日 (木)

今年の桜は秦野・弘法山  土山宿の花結び

4/6(土)に秦野駅で降り、弘法山縦走をして鶴巻温泉駅まで7.1kmを(富士山裾野一周したメンバー5人で富士女子会と名付け時々歩いているのですが)歩きました。
浅間山、権現山、弘法山の3つの山一帯を弘法山公園と呼び県立自然公園に指定されている。さらに進むと吾妻山へ続き、そこから鶴巻温泉へ下山するルートです。
登山口からはいきなりの急登であった。
 
ウグイスカグラやホタルカズラなどが咲いていた
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浅間山に到着。桜が満開で大山も見える。
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花のトンネルを行くとすぐ権現山(243m)に着く
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展望台より箱根の二子山も見えたが、霞んで富士山は見えなかった。
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弘法山(235m)へ
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弘法山は弘法大師が山の上で修業したといわれ、山の開祖は奈良時代の行基で、日向薬師などの開祖として知られる。
鐘楼は造られた110年後の1867年に再建されたもの
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可愛い仏像が祀られて 
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最後の吾妻山へは20分後に到着した。吾妻神社の碑があった。
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下山し鶴巻温泉駅前でお茶。久しぶりのサバランが美味しかった。
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土山宿の伝馬館に「花結び」が飾られていました。
古代人は結び目に神の心が宿るものとして信仰の対象として尊んだとか。

髪や帯、装束、家具、調度品、兜、刀剣にいたるまで様々な飾り結びが施されてきた。
現代でも茶道、香道の袋結び、神社、仏閣、僧侶の袈裟、祭礼の山や鉾、能装束の飾りや被布の胸飾りなどの結びに伝統の流れが見られる。
ことに花結びは糸やひもをいろいろな花の形に結んだもので、新橋結び・梅結び・あやめ結び・菊結びなどがあり、女性の奥ゆかしく機知にとんだ教養として発達し、今日まで受け継がれてきた。
結びの典雅さは日本文化の美しさを知ることにつながると説明されていました。
我が家に何かあると探したら「お守り」がありました。お祝いののし袋も蝦までついたのはさすがに今は使うことがなくなりました。。


以下は伝馬館に飾られていた花結びです。御殿まりもどうやって作るのか?と感心しますが、この複雑な結びも、また大きな1枚の紙で複雑なものを折りあげる折り紙など、まだまだ数え上げたらきりがないほど日本の伝統芸に感心するばかりです。

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2019年3月23日 (土)

「へそまがり美術~禅画からヘタウマまで~」於府中市美術館

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府中市美術館の<春の江戸絵画まつり>で今年はへそまがり美術の中のヘタウマに惹かれる。
・ヘタウマといえば、フランスのアンリー・ルソーを思い出してしまうが、ありました。1枚だけ。「フリュマンス・ビッシュの肖像」で足が宙に浮かんでいてとても変な感じなのです。
自分が画けないくせに言わせてもらうと、又ありました。夏目漱石の絵、あまり上手くはない。でも描くことが好きで夢中で描いている姿を想像してしまう。
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それと将軍様の絵。家光の「兎図」はご覧のように切り株にちょこんと乗っている兎が言われてみないとそれとわからない。
今朝、サンシャイン水族館で見たアンゴラ兎にふわふわ具合が似ているなあとは思ったのですが、見ていると笑いがこみ上げてきます。家光は御用絵師の狩野探幽に学んだという。
家綱の「鶏」の絵は余白が多く小さくてアンバランス感がじわり。重厚な箱に収められた将軍の絵を拝領した臣下が大事に受け継いできたのです。
・禅画
難しい禅問答は全然理解できないが、布袋さまや寒山拾得図が多く微笑ましやら凄い顔やら。
雪村、狩野山雪、仙厓、白隠やその他知らない画家の絵がたくさん。春叢紹珠の「皿回し布袋図」も面白い。
ここにきて自分では初めて発見したのは、寒山拾得の顔の凄いこと!どれもこれもよくぞこんな怖いような、醜いながら愛嬌あるような顔を画家たちは描いたこと。
・その他
長沢蘆雪「狗子図」子犬のどれを見てもかわいいこと。美術館からいただいた栞に子犬のスタンプがあったので押したので使います。
小川芋銭「河童百図 幻」の河童は飛んでいるのか?
池大雅、小林一茶、与謝蕪村はお馴染みの画風。
伊藤若冲「伏見人形図」・・有名な変わった絵。長すぎる頭の「福禄寿図」
おかしかったのが
 芦雪「郭子儀図」 画面いっぱいに孫たち。
 岸礼「百福図」 100人のおたふくがいてその長い黒髪も不気味でありおかしくもあり。
そうそう、蛭子能収(名前も顔も漫画も知らなかった!この日TVで旅番組とクイズ番組でしっかりお顔を拝見。見たことありました。)の漫画も展示されていた。稚拙さを強調して面白く見せる「ヘタウマ」の画風を持ち味としてるそうだ。

国芳「荷宝蔵壁のむだ書」有名なこのいたずら書きみたいな絵の誇張されて書かれた役者たちの顔は見れば見るほど味わい深い。
三岸好太郎、村山槐多、小出楢重、萬鉄五郎の絵はごついという感じ。
2、3か所で同じ題材で、比較に丸山応挙の絵が並んで展示されるが、いわゆる正統派というか上手いと見とれるこの有名画家のとは違う今回の企画展。
よくもこんなに集めに集めたり138点。後期もかなり展示替えがあるということで、当美術館の学芸員の凄さに感動です。


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2018年9月10日 (月)

東欧5ヶ国ドナウ川クルーズ(3)

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<4日目> 8/22(水) ドナウデルタクルーズ 昨日も今日も晴

ドナウ川は河口付近になると3本に分かれる。ドナウデルタは東京都の約2倍の面積があり、そのうち82%がルーマニア、あとがウクライナ。1991年にユネスコの世界遺産に登録されラムサール保護地域になっている。
トゥルチャで別の船に乗り換えて、河口の真ん中の川、スリナを下って行ったが、水位が2~2.5m下がっているということで座礁しないように進むのも大変で、黒海に出られず、途中で引き返してきた。コンスタンツァで黒海を見ておいてよかった。

         トゥルチャでヴィヴァルディ号を、乗り換えた船から見る
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ドナウデルタ 300種類以上の鳥の聖域であるこの湿地は世界最大の葦の原で、ヨーロッパに最後に遺された未開の自然の一つということだ。40%以上が鵜で、モモイロペリカン(双眼鏡で見てもよく見えず、先日サンシャインの水族館で良く見てきたのでよしとする)、シラサギ、ヘラサギ、カモメ、ホワイトイーグルなどが見られらた。53_450x300_2
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あまり見えなかったけれど、デルタには小さな村がいくつか点在しているが、18世紀に祖国ロシアの宗教迫害を逃れ、この地に隠れ住んだ人々の子孫の村だ。漁業をしている人を見かける。
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昼食(船内)黒い森ハム、タラのフライトリゾット、チーズ、シャーベット 
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午後は休息していたら19時にもう夕食 ガーデンサラダ、ダックコンフェ、アイスヌガー
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<5日目> 8/23(木)晴 17~32度 ブカレスト

朝日(日の出は6:25)6:31 6:34撮影
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チチウで下船して、バスでブカレストへ。ルーマニアの首都で「小さなパリ」と呼ばれる。ルーマニアはスラヴ系のバルカンの中で唯一ラテン系である。

・農村博物館 1936年にオープンしたヨーロッパ最古の野外博物館でルーマニアの各地から集めた18~19世紀の297棟の農家や教会、水車、風車、井戸などが展示されている。
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・共産党本部 チャウシェスクが演説し、この屋上からヘリコプターで逃げ、その後殺された。昼食はヌードルスープとチキンの煮込みとチョコレートケーキ。
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・国民の館 総大理石、地下4階、地上10階でペンタゴンに次ぐ世界第2位の大きさ。部屋は約3000。世界で一番お金がかかっている建物で電気代だけでも莫大だそうだ。
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・ルーマニア正教カテドラル(大主教座聖堂)外側のモザイクやフレスコ画もきれいなら、聖堂内のフレスコ画や金のイコノスタシスも立派で、撮影可能で、あとでじっくりこうして見ることができ息を飲むような美しさに感動する。
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      バスからヴィヴァルディ号が見え、バスがルセに着くと待っていた。
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夕食 ブルガリア風サラダ、ブルガリア風ケバブ、チョコレートケーキ
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2018年3月14日 (水)

鎌倉17 大船駅東口~今泉(最終回)

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3/12 今回で鎌倉寺社巡りも最後になりました。大船駅東口のお寺を巡った後、鎌倉湖(散在ガ池)近くの神社や不動尊に廻って、全行程を終えました。
2015年の9月16日に鎌倉の小町からお詣りを始め、足かけ3年半にわたってしまった長い寺社巡りとなりました。
山折哲男監修・槇野修著『鎌倉の寺社122を歩く』には大変お世話になりました。横浜や藤沢も少し紹介されていたり、道筋から外れている所が廻れなくて105ヶ所ではありましたが、大仏をはじめ、仏様や格式ある建築、谷戸ややぐらの数々、歴史を行き交った人々のお墓、天然記念物の樹木やお花の数々、可愛い江ノ電、富士山の見える海、鎌倉野菜や海の幸の料理などを味わった、17回にわたる日帰りの旅でした。

99 常楽寺(大船) 臨済宗建長寺派
この辺りをもともと粟船という地名で、大船の地名はこれに由来する。
「御成敗式目」を制定した三代執権北条泰時の墓があり、鎌倉に禅林を隆盛させた宋僧の蘭渓道隆が住持をつとめた古刹である。その後道隆は建長寺の開山となる。

                 市指定有形文化財の山門

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                近世禅宗様仏殿(1691建立)
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               本尊阿弥陀物は修理中でした
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                 仏殿の裏の北条泰時の墓
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                 仏殿右手客殿前の和風庭園
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山門手前を左手の山道を行くと木曽義高の墓がある 
木曽義高は、木曽義仲の息子で、人質(頼朝と政子の娘・大姫の許婚)として鎌倉に送られていたが、義仲の死後殺された。僅か11,2歳であったという。
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                  これは泰時の娘・宮姫の墓
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           キランソウやヒメウズやキュウリグサが咲いていた
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100 多聞院(大船)真言宗大覚寺派 1469~87年創建 
風情のあるお寺。ここの御本尊も修理中であった。
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                    玉縄桜でしょうか
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                    ミツバツツジ
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101 熊野神社(大船)日本武尊が祀られる。多聞院に隣接。
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102 大長寺(岩瀬)浄土宗 
玉縄城主だった北条綱成により1548年(天文17)創建された。屋根などに三つ葉葵の紋があるのは、家康が当寺を篤く信仰したから。というのも開山の感誉存貞が芝増上寺の第10世であったからだ。
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       サルスベリの樹液は黄色で遠くから見るときのこのようだった
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                                           昼食はお寿司
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103 白山神社(今泉)
頼朝が鶴岡八幡宮の北にあたる当地に毘沙門堂を建立したのが始まり。
前にある注連縄が面白い。三つ編みが7~10くらい輪になっているのがたくさん連なって。
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                               境内にある子守神社の狛犬も可愛い
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104 金泉寺(今泉)かつての別当寺で神社に隣接している
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105 称名寺(今泉不動)(今泉)浄土宗 1693年に芝増上寺より山号寺号を与えられた。

                                 玉縄桜と札がかかっていて満開
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                                      六地蔵が迎えてくれる
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                 本堂を過ぎると不動堂へ
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              奥に三十六童子の石像が並んでいた
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                その上に大日如来石像がある450x300_27
                      三猿
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                      陰陽の滝
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                     サンシュユ
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                        (完)

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2018年1月 4日 (木)

ロートレック展

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          明けましておめでとうございます。本年もよろしくお願いいたします。

友人から戴いた年賀状にこんなにたくさんの犬のシールが貼ってあって可愛い。これは捨てられません。407x450
昨年11月から12月にかけて1ヶ月余の間にすぐ治ったのですが、何と4回も風邪を引いて今までは年に1回程度だったのにと加齢もここまで進んでしまったのかと少々気落ち気味でした。
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初詣も夫に代表で行ってもらって拝んできてもらいました。その間、当番で回ってきた高校女子会の50人の名簿作りで、今は電話も固定と携帯の両方が多く、E-mailもあって長ったらしくなり疲労困憊。まあ打ち終わったので一安心。
暮れから体力を温存のため、働かないことにし、病気以外では初めておせち料理をサボって取り寄せし、手抜きのお正月会。初めて「獺祭」を試飲、日本酒の味が全然わからない。何でも杜氏のいない酒造だそうで。ワインはボルドーで渋い。

昨日3日は恒例のダイヤモンド富士撮影。これも夫だけ行って撮影。電池切れでここで終わりになってしまったとか。

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今日は久しぶりに電車に乗り、東京駅で降り、三菱一号館美術館へ『パリ❤グラフィックロートレック展とアートになった版画・ポスター展』という今までにない長い名前の美術展に行ってきました。
すっきりした東京駅丸の内側と東京駅全景

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こんなビルの壁。時々替えるのでしょうか。
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19世紀末期のパリ、ロートレックや世紀末前衛芸術家(ヴァロットン、ボナール、ドニ等)たちによって、版画が絵画と同じく芸術の域まで高められ、それらを収集する愛好家も出現したそうだ。美術が人々の暮らしにまで浸透したのもこの時。かくして「グラフィック・アート」が生活と芸術の結節点だということです。
三菱一号美術館は随分たくさんの作品を所蔵していて、アムステルダムのファン・ゴッホ美術館の貴重な19世紀末版画コレクションと合わせて約140点が集められている。
たくさんの人の作品が展示されているけれども、何と言ってもロートレック!上手い事ピカイチ。表情、体の線、色使いなど惹きつけられる作品ばかり。特にポスターはミュシャもいいけれども、その上を行く作品群ではないかと私は思います。貴族の出でありながら遺伝子疾患で成長停止になり、絵を描きながらも差別を受けたことから、アルコール依存や梅毒になり36才の若さで亡くなる。ゴッホも気の毒だったけれども、別の意味で可哀相な画家でした。
一部屋だけ撮影可能でした。
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2017年12月28日 (木)

世田谷一周区境ウォーキング第3回に参加

448x650_212/17(日)に使っている東海道歩きの地図の発行元・風人社が主催する「ホントに歩く 世田谷一周ぐるっと区境ウォーキング」の3回目に参加しました。1,2回目は他事と重なってパス。23区で世田谷区は社宅に住んでいた杉並区とその後移り住んだ武蔵野市と同じくらい住みたかった区であるが、結局終の棲家はその延長の中央線の区から大分はずれた西の方になってしまった。いざその憧れの世田谷区へとは言っても区境なのですが。

3回目は下高井戸~駒沢大学(14㎞)
ちらしの案内をそのまま写させていただくと・・・
駒場・駒沢・下馬…‥馬と共にあった世田谷の昔に思いを馳せる。三宿・池尻に明治期から増えた軍施設の名残を見る。駒沢はゴルフ発祥の地・・・とあります。

出発点は京王線下高井戸駅で正午に出発し明大前、代田橋駅あたりまでは線路に沿って杉並区の境を歩く。

    出発駅のそばにカラスミらしき食品が干してあって指をくわえて眺める
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    区境は甲州街道沿いで杉並区側に築地本願寺和田掘廟所がある
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               その隣は明治大学キャンパス
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京王線代田橋駅をくぐり線路と少し離れて玉川上水緑道と第2緑道を東へずっと歩く。(踏めなかったけれども駅へと曲がる先に杉並・渋谷・世田谷の三境集合地点がある)

ゆずり橋からの玉川上水。人口が増えて給水路が増え使われなくなった玉川上水が、1986年に20年ぶりに水を流すようになったそうだ。
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玉川上水から分水した水路が何本も出来、世田谷区内でも北沢用水(北沢川)、烏山用水(烏山川)などが農業用水として使われた。
区内では代田橋駅付近からゆずり橋までのほんの小区間が昔ながらの水路で、下流は概ね暗渠で緑道となっている。

世田谷区立の2000年公園があった。富士山プレートに経緯度・海抜が書いてあった。ここからは富士山は見えない。
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笹塚のそばでしたか、渋谷区と世田谷区の境の家で世田谷区側に住んでおられる渋谷さんの家が紹介されて笑いました。

三境集合地点 真ん中横断歩道の向こう側が目黒区、手前が渋谷区、右手が世田谷区。
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        目黒区の駒場通りの日本民芸館 以前来たことがある。
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目黒区立の駒場野公園で休憩(ここも以前来たことがある)
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ケンネル田圃 旧駒場農学校の実習田でドイツ人教師ケンネルが実習と研究したのにちなんでつけられた。今は筑波大付属駒場中学高等学校のもの。
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           駒場地蔵尊とあった(〆切地蔵とも言うのか?)
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       池尻の騎兵山に馬神碑があって人参が備えられていた
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騎兵山の反対側から上って行くと騎兵第一聯隊址があって、秋山吉古(司馬遼太郎の「坂の上の雲」がドラマと共に懐かしい)が建立した碑が建っている。
明治24年に陸軍騎兵大隊・乗馬学校が池尻に移転し、明治30年に現在の世田谷公園の辺り一帯に駒澤練兵場ができたということで、駒場の方から下馬・上馬・駒沢と実に広い地域が乗馬学校や練兵場であったことを知る。
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      北沢川緑道と烏山川緑道の合流点でここから目黒川緑道となる253x450_4
目黒川緑道は冬の今もお花が一杯で素晴らしかった。パピルスも植えられている。
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池尻大橋の高速をくぐると両区にまたがって陸上自衛隊三宿駐屯地がある。当時駒澤練兵場での急坂道訓練など過酷な訓練が行われたという。
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道標1766年(明和3)建立。西せたがや道、南ゆふてん寺道、北めぐろ道と書いてあるそうだ。
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芦毛塚の碑 1189年(文治5)、奥州藤原氏攻めで頼朝がここ蛇崩川を通った時、愛馬「葦毛」(碑では芦の字)が落ちて死亡。碑は昭和43年建立。
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この後、下馬地区の区境を歩き、世田谷区の地図で東側真ん中の尖った部分、富士エリア(富士山は見えなかった)を通り、九十九里浜のように地図ではカーブしている区境を歩いて田園都市線の駒沢大学駅へ5時頃到着。飲み会(懇親会)にも出席し、いろいろなエキスパートの方々と一緒に歩いていたのだと驚くやら感心するやらの会でありました。1月に第4回目の二子玉川までのも歩く予定です。

この1年もありがとうございました。来年もまたよろしく願いいたします。

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2017年10月19日 (木)

「猫百態」展 朝倉彫塑館にて

台東区立・朝倉彫塑館は国指定名勝で国登録有形文化財です。昭和10年に現在の原型が完成したそうです。
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朝倉文夫はここを「朝倉彫塑塾」と命名し、門下生を育成し、住まいと学校と生育の場が一体となっていました。
2度目ですが、建物の素晴らしさを認識していませんでた。撮影禁止ですが玄関と屋上だけは禁止マークなしです。
大きな鯉のいる池と様々な素晴らしい石が並べられた中庭は、和風の住居棟とコンクリート造りのアトリエ棟に挟まれています。アトリエは天井高8.5mで三方向から光りを取り入れている。
和風建築には竹がいろいろな所に形を変えて使ってあり、様々な木を用いた床の間、天井などや置いてある家具なども垂涎もの。書斎は天井までガラス張りで凄い蔵書で埋まっている。

                    門と玄関

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屋上 スカイツリーが半分以上雲の中というのは初めて見ました450x338_5
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ところで「猫百態」展では猫の様々な姿態を、石膏とブロンズで見ることが出来ます。
ちらしに書かれていますが、猫は、予期しないような動き、人を避けるような仕草、奔放で媚を売らないかと思えば甘え上手な性質。朝倉氏はそうした猫の特性を好んで制作したそうだ。
写真で拝見すると10数匹飼っていたようです。見ていてとても楽しい。312x450

               夕焼けだんだんの方に行ってみる380x285_2
以前もブログに載せたりしている、お店や屋根の上の猫など、猫だらけの谷中銀座でした。450x338_8
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もう終わってしまいましたが、都美術館の「ボストン美術館の至宝展」ではゴッホの肖像画と曽我蕭白が見られて感動し、太田美術館の「月岡芳年・月百姿」が素晴らしかった。
そして生誕150年記念で練馬区立美術館で開かれた「藤島武二展」は色々な画風に挑戦した画家の絵を150数点見ることが出来ました。練馬区は豪気、75歳以上は他の地域の人も無料です。
運慶展は行列が長くあきらめましたが、芸術の秋は早稲田大学の方の美術史講座がまた始まって、復習もままならず、読む本もたくさんあって、それなりに暇人の私もちょっぴり忙しいです。

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2017年10月15日 (日)

近所で御開帳

ローカルな話ですが
近くの武蔵国分寺跡の方、国分寺仁王門の奥に国分寺薬師堂があります。
年に1回、10月10日に薬師堂内の「木造薬師如来坐像」の御開帳があります。ここに引っ越してきて21年にして初めて見てきました。

仁王門 国分寺市指定文化財 宝暦年間(1751年-1763年)の建立で、入母屋造の八脚門450x338
薬師堂 国分寺市指定文化財
建武2年(1335年)新田義貞の寄進により、武蔵国分寺史跡の金堂跡付近に建立されたと伝えられています。現在の薬師堂は宝暦年間(1751年から1764年)に今の場所に移され、建て替えられたものです。以前の建物は義貞が分倍河原で負けた時に焼き払ってしまったとのこと。その時薬師如来は持ち出されて無事だったのでしょう。450x338_2

木造薬師如来坐像 国指定重要文化財 平安時代末期から鎌倉時代初期の制作。作者不明。寄せ木造、漆箔仕上げ。像高191.5㎝。
今国立博物館で運慶展をやっているが、康慶・運慶親子の活躍した時代とほぼ同じ時代のもの。800数年ここにおわして、お顔も黒く変色して痛々しい感じです。今度は御開帳の祈祷の儀式から見てみたい。338x450
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                  左脇侍・日光菩薩と十二神将のうち六体 元禄2年制作450x338_3
                   右脇侍・月光菩薩と十二神将のうち六体 元禄2年制作450x338_4
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天井に龍が描かれるが色も褪せて見えない。寺額は東大寺西大門の勅額を模したものだそうです。450x338_6


帰り道
      花の時は気が付かず、実がなって初めて気が付くサネカズラ450x338_7
               マユミの実はまだはじけていない300x260

谷中で買ってきてもらった「もにゃか」という名の最中。餡は羽二重団子に入っているものだそうで美味しい餡子。猫ちゃんをパクリはちょっと気が引けたけれども。300x225

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