2017年11月23日 (木)

現代アートの街ビルバオとスペイン・バスク周遊9日間(2)

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<3日目>11月11日(土)アルタミラ博物館と同じところにある、スペインで最も美しい村の一つへバスク州からすぐ西隣のサンティヤーナ・デル・マールへビトリアから往復。夜ビトリアの広場見学。

バスク州のアラバ県から西隣のアルタミラのあるカンタブリア州へ車を進めると美しいビスケー湾が見えてくる。
ビスケー湾はスペイン北部全部とフランス西部の下半分で囲まれた大きな湾である。

車窓より

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                                ススキの群生が多かった450x338_5

アルタミラ博物館 1985年アルタミラのみの世界遺産が2008年に旧石器時代の洞窟壁画が発見されたスペイン北部の洞窟も含めて17か所世界遺産になった。450x338_6
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1879年、アマチュア考古学者サウトゥラと娘マリア(8歳)が洞窟の中に約18500~12000年前・旧石器時代の壁画を発見した。「パパ牛よ、上を見て(アルタ=高い、ミラ=見る)」とマリアが叫んだのが洞窟名になったそうだ。
全長270mの洞窟のうち、入口から30mほど入った辺りの奥行18m、幅9m、高さ2mに描かれた天井画が最も有名。その部分をそっくり同じように再現したレプリカを見学して説明を受ける。
天井の凹凸を生かし立体的に描かれているのがフランスのラスコーと違う点である。木炭で黒く描き、鉄分を含んだ石を削ったり、土を水で溶き、手の平を使って色を塗ったそうだ。描かれているのは、バイソン、馬、牡鹿、謎のサイン、手形など。

アルタミラ博物館 この洞窟に住み絵を描いた人々の祖先はラスコーと同じくクロマニヨン人でバスク人の祖先という。レプリカでも撮影禁止なので絵葉書を買った。
生捕った動物の骨で針を作り、炉辺で女性が毛皮の衣服を一針ずつ縫っている姿が印象的だった。今の生活から想像もできないほど大変な生活だ。今の自分は贅沢我儘の極みである。450x304
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博物館から100m離れた本物の洞窟入口。何でも毎週金曜日に抽選で当たった5名のみに、最近本物を見せるようにしたと言う話をちらっと聞いた。338x450
フランスバスクの東側にあるラスコー洞窟は、夫が昨年行ったところによれば、ラスコー2は本物の洞窟のすぐそばに造ったので、本物の痛みが激しく閉鎖、ラスコー4が離れた所に造られ、そこを見学。ラスコー3は精巧に造られたレプリカで、国際巡回のために造られ、現在東京上野で公開中というわけだ。Arutamiramura_450x338_2
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サンティヤーナ・デル・マール スペインの最も美しい村の一つ。アルタミラのすぐそば。
起源は8世紀。聖女フリアナの聖遺物が運ばれ、修道院と教会が造られたのが始まりで、13世紀からアルフォンソ8世の直轄領になったことから、貴族の館が多く建てられ、貴族の紋章や石畳も美しい。(聖人、聖女の有名な人だけでも凄い数になり、勉強不足でなかなか頭に入っていない。あまり先がないにもかかわらず、勉強したい気持ちが募るがあせっても仕方ない)450x338_9
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                     エアープランツ338x450_2
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                      洗濯場450x338_15

昼食はホテル業も営むレストランンで手厚いおもてなしを受け感激。ここの御主人がまるで日本人みたいな気質で食べきれない御馳走を奨めて奨めて!野菜のスープ、イワシの揚げ物。写真撮り忘れだけどイカのリングフライがたくさんと、絶品の自家製プリンでした。450x338_16
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ビトリアへの帰り道には工場も見えた(欧州ではバス沿道には殆ど煙を吐いた工場群は今まで見当たらなかった)450x338_18

●ホテルに帰った後徒歩で昨日見られなかった町の中心広場へ出かける
  
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          スペイン広場では市庁舎がライトアップされていた450x338_19
隣接するビルヘン・ブランカ広場は17世紀に造られ、昔は市場が開かれていた。450x338_20
バルの中。
この日は日本から持ってきたうどんや缶詰などで食事。バルめぐりをした人たちは4軒巡り11時頃ホテルへ帰還したそうだ。元気ですね。最長老は一人参加の男性で180回で次回はもうすぐ41回目のインドだそうだ。ワインの他、ウォッカなどをあおっている大酒豪だ。うらやめ(ま)しい。
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                      (続く)

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2017年11月20日 (月)

現代アートの街ビルバオとスペイン・バスク周遊9日間(1)

お久しぶりです。私は無事帰りましたが、夫が風邪を引いて大分ひどくなってきました。
1昨日は肺炎と言われなくて良かったのですが、今日医者に行ったら肺炎になっていました。おまけにパソコンの調子が随分悪くなりました。そろそろ買い替えです。

11月9日(木)羽田に11時ごろ到着、エールフランス航空で13:45に出発の筈だったが、14時に乗り込んだものの、非常灯の故障で出発できず、18時半まで機内に。飛行機はキャンセルになりました。
U社の助っ人が現れ、23:55に抑えてあった添乗員と合わせ10人分の席を確保でき、無事11月10日0:30に飛び立つことが出来たのでした。羽田空港に13時間半も居たことになります。
国際線にはお江戸日本橋が再現されていて眺めたり、食事を2回とり、本を読んだりとまあ、長い半日でありました。U社で座席が確保できなければ旅行自体がキャンセルとなったわけで、とてもラッキー。同じ昼に乗る予定だった人の多くは次の飛行機の手続きやホテルなどてんやわんやであったでしょう。

パリ・シャルルドゴール空港に現地時間4:42に到着、バスが6:08にオルリー空港へ向け出発、7:35に到着。10:45にオルリー出発で、フランス・バスクビアリッツに11:45に到着。
バスで12:17に出発、14:30にスペイン・アラバ県、県庁所在地のビトリアに到着、観光開始。

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地図の黒で示したのが元来の予定で、赤で記したのが変更後。
バスク地方は、バスク人とバスク語の歴史的な故国を指し、かつて独立の機運に燃えたことがある。標識はスぺイン語とバスク語の両方が書かれる。
ピレネー山脈の両麓に位置してビスケー湾に面し、フランスとスペインの両国にまたがっている。スペイン側にはバスク州の3県とナバーラ州の計4領域があり、フランス側にはフランス領バスクの3領域があって、全部で7領域、地図の黒い太字がそれに相当する。行かなかったら一生知らないままでした。夫は昨年フランスバスクに行っております。

<1日目>羽田国際空港

日本橋 総檜で、半分の大きさで出来ている。 東海道の出発点に立った気分です。450x338
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                  AIRLINE εAIRPLANE450x338_3

<2日目> スペイン・バスク州アラバ県ビトリア

              フランスバスクはすぐ通り過ぎてしまった450x338_4
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ビトリア観光

2012年には欧州グリーン首都賞に選ばれたので、あちこちに緑の美しい公園が点在していた。この日も雨で秋から冬は雨が多いので緑が多いとのことである。

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               路面電車には芝生が植えてある450x338_9
                     旧市街450x338_10
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      特別に許された家だけペインティングがなされる。数軒見かけた450x338_12
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             坂の多い町でこんな所にもエレベーターが450x338_13

・サンタマリア大聖堂 昔教会があった上に建てられた13世紀の大聖堂で、23年前から倒壊の恐れが出て今修復中。ヘルメットを被ってその修復状態を見学することは出来た。地下聖堂を見ると土台の柱が地盤沈下でゆがみ、他に水掘で土壌がゆるくなっていて傾き始めた。23年も修復しているがまだまだかなりかかりそうとのことだ。338x450_2
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                  聖堂からの景色P_450x338
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・現代アートセンター・アルティウム 日本でも現代アートは素通りすることが多いが、ビトリアもビルバオもスペインバスクは現代アートで町おこしをしたところである。450x338_19
                    ガラス細工450x338_20
                       ダリ338x450_3
                       ピカソ338x450_4
                       ミロ450x338_21
食事の文句を言ってはいけないが、この日のホテルの牛肉は固くて食べられなかった。

                    (続く)

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2017年7月14日 (金)

緑の「信州」と青の「越後」(3)

<3日目> 信州へ

最終日は緑の信州ということで行ったことがあるところもあったが、梅雨時は初めてで、緑と水を楽しんできました。

                朝食のバイキングは和食に450x338

小鳥ヶ池(戸隠山)
前回は戸隠山の紅葉の鏡池を見に行ったが、今回は戸隠山のもう一つの池・小鳥ヶ池へ。
ごつごつした戸隠山を写す美しい池だった。小鳥の声は聞こえなかった。
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戸隠古道 奥社参道入り口から随神門まで。前回は奥社まで杉並木を通って登山した。

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                      奥社参道450x338_6
  ミヤマカラマツ(葉が良く写っていなかったけれどカラマツソウとは違っていた)450x338_7
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                    サルノコシカケ450x338_9
                      随神門450x338_10
     樹齢400年のクマスギ並木 500mにわたって200本植えられている338x450_2

安曇野

         クリアボートに乗る。緑色の澄んだ清流の美しいこと!450x338_11
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                   珍百景の二つの川2_450x338
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                  正に一緒になったところ450x338_14
      道祖神 安曇野は有名で自転車で廻るとたくさん見つかるらしい450x338_16
                       昼食3_450x338
                    大王わさび農場450x338_17
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おしどり隠しの滝と御射鹿池(みしゃかいけ)・・・茅野市の奥蓼科横谷渓谷にやってきた
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                      マタタビ450x338_21
         ミヤマハンショウヅル sさまありがとうございました450x338_22
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御射鹿池 東山魁夷の「緑響く」のモチーフとして有名な池である。ため池百選に選定される。このため池で水が温められ、農業が出来るようになったとか。前回は紅葉していたので「緑響く」には程遠かった。450x338_25
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白駒池 日本3大原生林の一つに数えられる原生林の中に標高2100mを超える湖では日本最大。北八ヶ岳の麓の八千穂高原にある。
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            ほおずきのソフトクリームの美味しかったこと450x338_30
             日本の貴重な苔の森に認定されている450x338_31
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中央高速道から山々に別れを告げ、バスの中で夕ご飯弁当を頂き、事故渋滞に巻き込まれ、2時間遅く10時半頃元気に帰宅できました。まだ緑と青が目に焼き付いています。450x338_35

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2017年7月11日 (火)

緑の「信州」と青の「越後」(2)

<2日目> 新潟県の海岸方面へ

                    朝食もバイキング(洋食) 家よりついつい食べ過ぎ450x295
                                 妙高山にはまだ雪が残っている450x338

●角田岬
判官舟かくし 1187年、源判官義経が兄頼朝に追われ、奥州平泉に海路おちのがれる際、追っ手を避けて舟とともに身を隠した洞穴。338x450
角田岬灯台
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                   佐渡島が見えない450x338_4
                      展望台から450x338_5
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ハマヒルガオやハマボッスなどが咲いている
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●弥彦神社とロープウェイ山頂駅
弥彦山はスカイツリーと同じ高さと覚えた山(634m)
この山を御神体とする弥彦神社は式内社で、越後国一宮。古事記や万葉集、源義家や源義経、上杉謙信などにゆかりのある神社。450x338_11
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                ロープウェイ。山頂駅は552.5m.。 450x338_12
   弥彦山山頂ではなくて多宝山(634m) sさまありがとうございました。450x338_13
                  山頂の御神廟(写真より)338x450_3
             ロープウェイ山頂駅より越後平野を見る450x338_14
                佐渡島はやはり見えなかった450x338_15
           ギボウシやハマナスが駅のそばに咲いていた450x338_16
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   寺泊(新潟の築地と言われている)でノドグロの入った海鮮丼の昼食450x338_19

●出雲崎
この地域は良寛和尚が生まれ、修行や放浪後の定住地であり、終焉の地でもある。資料館や民俗資料館や美術館もある。
ただしこの旅行では一つも尋ねない。
良寛和尚の言葉「災難に逢う時節には災難に逢うがよく候、死ぬる時節には死ぬがよく候、是はこれ災難をのがるる妙法にて候」が好きです。

    海の風景はただただ青い(これらがタイトルの「青の越後」というわけ)450x338_20
               夕凪の橋 夕日がきれいらしい450x338_21
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             芭蕉像 「荒海や 佐渡によこたふ 天河」338x450_4
        ここは石油産業発祥の地で記念公園になっている450x338_23
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               歌詞が書いてある変わったバス停!299x450

●青海川駅 日本一海に近い駅「青海川駅」。柏崎駅から乗り鯨波駅を過ぎ青海川駅に到着。450x338_25
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                 ホームのすぐ下は海450x338_29
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            2日目の夕食バイキング。デザートは同じ。450x338_32

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2017年6月13日 (火)

京都へ(3)大徳寺~鷹ガ峰

(2)で(つづく)を忘れましたが最終回です。適当に読み飛ばしてください。
3日目は、洛北の静かな一帯にある、一休、利休、光悦ゆかりの寺巡りをすることにしていました。
2泊させていただいた、5つ星ホテルのような居心地の良い素敵な友人宅を辞し、夙川駅から大阪を経て京都へ。
京都観光一日乗車券を買って、京都駅から地下鉄烏丸線で北大路駅下車、北大路バスターミナルから大徳寺へ向かう。

<大徳寺とその塔頭>
大徳寺  臨済宗大徳寺派の総本山。別院2ヶ寺と22の塔頭を有する。

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山門 千利休が自身の雪駄履きの木像を楼門の二階に設置したと言われる逸話はここだったのでしょうか。様々な説10以上もあって真相はわからない。大徳寺は村田珠光、千利休など多くの茶人の帰依を受け、茶道とかかわりが深い寺。450x338_2
                仏殿と法堂
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以下塔頭
高桐院 細川家の菩提寺。千利休の邸宅を移築したという書院や茶室がある。細川忠興と細川がラシャの墓もあるというが、いずれもこの日は見られなかった。
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大仙院 撮影は許されないけれども室町時代最古の方丈建築の国宝・方丈と特別名勝の枯山水の庭が素晴らしい。相阿弥、狩野元信・之信の襖絵は名作で世界美術史上欠くことが出来ない存在だそうだが、嗚呼、もう思い出せない。歴代和尚に古渓和尚(利休と懇意)や沢庵和尚がいる。450x338_7
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興臨院 能登の守護・畠山義総によって建立され、畠山氏の菩提寺になった(1520年代)。畠山家没落後前田家の菩提寺になった(1581年)。
花頭窓、方丈前庭や美しい紅葉、茶室などが目を引く。
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・千躰地蔵塚
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黄梅院 織田信長が28歳の時初めて入洛し、父・信秀公の追善菩提のため小庵・黄梅院を建立。秀吉が主君の塔所としては小さいということで塔頭「総見院」を大徳寺境内に建立した。

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                    黄梅院入口450x338_15
小早川隆景は鐘楼・客殿・庫裡などの普請奉行だったし、表門を寄進した。450x338_16
      撮影が許されたのはここまで。枯山水の庭が素晴らしかった。450x338_17
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以上、あの憧れの一休さんのお寺と塔頭を見られて一応満足。肝心の一休和尚が住んだという「真珠庵」はどこのあるかもわからず見られず、庫裡、方丈、唐門などは春と秋にしか公開されない。

<鷹ガ峰三寺> 洛北のなだらかな鷹峰三山(鷲ヶ峰、鷹ヶ峰、天ヶ峰)の山裳にある三寺。光悦ゆかりの地。
行き方が難しくバスターミナルに戻り、食事をした後、再びバスに乗り、行程が変なので途中下車、人に聞いて、また別のバスに乗りやっと辿り着けたのでした。(結局は最初のバスで行けたことが分かったけど後の祭り)

常照寺 日蓮宗 
本阿弥光悦の土地寄進とその子、光瑳の発願により、身延山第21世日乾上人を招じて開創された鷹峰檀林(学寮)の旧蹟。山城六檀林中の一偉観。大小30余棟の堂宇が並び、幾百人となく勉学にいそしむ学僧で賑わっていたと本阿弥光悦行状記に紹介される。

                吉野太夫寄進の山門(赤門)450x338_19
吉野太夫の墓 寛永の頃六条三筋町の廓で天下の名妓として一世を風靡し、その才色兼備を謳われた二代目吉野太夫。夫の豪商灰屋紹益との比翼塚もある。338x450_2
葉が三つ葉なのでミツバウツギ?でも花が少し違うでしょうか。エゴノキと教えていただきました。450x338_20
鬼子母尊神堂 中には三体の鬼子母尊神と眷属の十羅刹女が祀られていた338x450_3
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             奥には白鳥池や他の池もある
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帯塚 女性の心の象徴としての帯に感謝し祈りを捧げる全国初の帯塚(昭和44年)塚石は吉野石で帯状をなしている。毎年帯の時代風俗行列や帯供養が営まれるという。450x338_24

源光庵 曹洞宗 
1346年開創 江戸時代に高僧卍山禅師により曹洞宗に復古された。450x338_25
                本堂、釈迦牟尼佛のお顔が見えた450x338_26
丸窓「悟りの窓」と角窓「迷いの窓」 円形は「禅と円通」の心を、角は「人間の生涯」を象徴し生老病死の四苦八苦を表しているという。
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血天井 伏見桃山城の遺構。関ヶ原の戦いの前哨戦「伏見の戦い」で家康の忠臣・鳥居元忠一党1800余人が石田三成の軍勢と交戦したが、討死し、残る380余人が自刃し相果てた時の痕跡。今もここの他5つの寺に存在する。338x450_4
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光悦寺 日蓮宗 この辺一帯を鷹ヶ峰光悦町と称び、1615年家康が光悦に野屋敷として与えた土地である。一族の他、種々の工芸に携わる多くの職人と共に住居を構え、工芸集落を営んだ。338x450_5
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寺内にはいくつかの茶席が設けられている。本阿弥家は代々刀剣関係が家業だったが、光悦は、茶道、作陶、書道絵画における歌巻、謡曲本、蒔絵、彫刻、書道など多種多様に活躍した。80歳で亡くなる。
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                     光悦の墓所338x450_6
                    東山三十六峰450x338_33
                 左・鷹ヶ峰、右・鷲ヶ峰450x338_34
ここ鷹ガ峰は光悦を中心として、一方は学僧の勉強の場、もう一方は芸術の新様式を確立した地であったのです。

これで京都観光を終えましたが、紅葉の緑が最も美しい時期であり、伏見稲荷以外は比較的すいていて良かった。長い京都における歴史の一齣を垣間見ただけですが、また新たに頭に刻み込めたことは嬉しいことでした。いつもながら長くなってしまいました。ご拝読ありがとうございました。

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2017年6月10日 (土)

京都へ(2)伏見寺田屋周辺、東寺、大阪

午後は伏見の寺田屋方面へ。京阪本線で中書島駅で降りる。
京橋を渡る。宇治川派流と書かれた川は宇治川から淀川に通じている。
淀川からの三十石舟、高瀬川からの高瀬舟、宇治川を下ってきた柴舟などがひしめき合って、数十軒の舟宿が立ち並んでいた。旅館「寺田屋」がわずかに昔の名残をとどめている。
この場所は伏見の戦いの激戦地でもあった.。
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寺田屋450x338_2
                  坂本龍馬先生遭難の跡碑338x450_2
坂本龍馬襲撃事件
1866年3月9日、京での薩長同盟の会談を斡旋した直後に薩摩人として宿泊していた坂本龍馬を伏見奉行の林肥後守忠交の捕り方が捕縛ないしは暗殺しようとした事件。龍馬は負傷しながらも薩摩藩に保護されたと言われる。

龍馬愛用の部屋 この龍馬の掛け軸は、幕末の風雲急を告げる薩長連合に、東奔西走する龍馬の身に忍び寄る殺気を感じた女将お登勢が、嫌がる龍馬に奨めて、街の画家に描かせた絵像。これが絶後のものとなり、京都円山公園の銅像のモデルになった。450x338_3
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酒蔵の町・伏見の風情は、再現された十石舟に乗ると堪能できそうです。まるで九州の柳川のようです。
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                    会津藩駐屯地趾338x450_6
伏見の最後は「御香宮神社」にお参りする
境内から香りの良い水が湧き出たので清和天皇より賜った名前。現在も名水百選が湧き出ているそうだ。本殿は重文で徳川家康によって建てられた。450x338_13
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京都駅へ戻り、友人と待ち合わせて世界文化遺産の東寺へ向かう。真言宗、弘法大師様の寺。

講堂 1491年に再建された純和風の重文。堂内には、大日如来を中心にした五如来、五菩薩、五大明王、四天王、梵天、帝釈天の21躯の仏像が安置され、素晴らしいの一語に尽きる。21のうち16躯は国宝だ。450x338_15
金堂(東寺の本堂) 国宝。1486年焼失したので、豊臣秀頼が発願し1603年に竣工。天竺様の構造法を用い、細部に唐・和風の技術が取り入れられている。
薬師三尊・十二神将 金色に輝き、薬師寺の薬師三尊と随分違った印象で、桃山時代の康正作。450x338_16
                   五重塔(国宝)と瓢箪池338x450_7
1644年に家光の寄進によって竣工した総高55mで、現存する日本の古塔中最高の塔。
この日は耐震構造の宙ぶらりんの心柱と、心柱を囲む四仏坐像を鑑賞できました。338x450_8

大阪へ 友人に手配していただく
天満橋ベストビュークルーズ」 天満橋の八軒家浜というところから大川をクルーズ。30分。大阪城や中之島でのローズフェスティバルが眺められた。450x338_17
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  夕食は曽根崎の「ゆかり」でお好み焼き。なんとも美味しいお好み焼きでした。450x333
最後に近松門左衛門の「曽根崎心中」ゆかりのお初天神露天神社)にお参りする。450x338_21
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2日目は休息日。お昼に奈良のクラスメートが訪ねてくださり、近所で中華料理をいただく。
夕方六甲山頂付近の六甲山ホテル(標高769m)で食事をしながら神戸の夜景を見に出かけたのですが、あいにくの天気でやがて霧がかかってしまった。残念無念。お食事は神戸牛のバーベキューにバイキング。肉は半分くらいでもうお腹が一杯になってしまったのも残念。若くないからなあ~。450x338_23

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2017年6月 7日 (水)

京都へ(1)伏見稲荷大社

5/23~25に西宮市に住む友人宅に宿泊させていただき、京都と、大阪・神戸の夜を過ごしてきました。

一日目は京都へまっしぐら。今、東海道を、えっちらおっちら歩いていて果して京都に辿り着くか怪しいけれども、「のぞみ」で2時間18分で到着してしまった。
この間歩いた沼津から由比あたりはあっという間に通りすぎ、それでも、もう、懐かしい富士川の歩いた橋を撮ることが出来た。小田原辺りでは富士山が見えていたが、この日は雲の中です。450x338
向かった先は伏見稲荷大社です。一人だから緊張しながら在来線に乗り換えお目当ての駅にすぐ到着。スイカが使えて便利になりました。

全国に約3万社ある稲荷神社の総本宮。和銅4年(711年)、秦伊呂具(はたのいろぐ)が稲荷山の三柱の神を祀ったことを起源とする。
稲荷山(標高233m)全体が神域で甲子園の22倍の広さがある。

殆どの方々が行っていらっしゃるこの大社、お馴染みの風景をバシバシ撮って、下手な写真を並べてしまいました(;´д`)トホホ…

          稲荷駅に着くと目の前の鳥居の奥に楼門が見える450x338_2
楼門 外国人と修学旅行生で大混雑 天正17年(1589)豊臣秀吉の母・大政所の病気平癒を祈願して寄進したといわれる。450x338_3
本殿 五間社流造。檜皮葺で唐破風。1499に再興されたもので室町、桃山時代の両方の特徴を併せ持つ。
「流造」って何? Wikipediaによれば、屋根が反り、屋根が前に曲線形に長く伸びて向拝(こうはい、庇)となったもの。その構造は、切妻造・平入であるが、側面から見た屋根形状は対称形ではなく、正面側の屋根を長く伸ばす・・・・とある。この写真では全然わかりません。下調べなしで痛いこと多し。450x338_4
鳥居が現れた 江戸時代より願い事が「通る」「通った」と言う祈願と感謝をこめて、鳥居を奉納する信仰があった。338x450
奥宮(他の境内社とは別格)。境内社がその他次々と現れたが、鑑賞もせず通過。450x338_5
千本鳥居 奥宮から奥社まで約150mの参道にトンネルのように2列に連なる。右側通行とあるので右側に入っていく。450x338_450x338
振り返る。奉納者の名前や奉納年月日が書いてある。小さいのから大きいのまでいろいろな値段が書いてあったが、うろ覚え、小さいのは175000円だったか、大きいのは100数十万円以上する。338x450_2
鳥居は神域の入り口で境界の役割を果たす。災厄を防ぐ色として朱色が用いられる。境内には1万基の鳥居があり平均一日3本の修理が行われている。
                     古くなった鳥居338x450_3
                    修理をしている人338x450_4
奥社 千本鳥居が終わると奥社が現れる。稲荷山の山麓に位置する社殿で、神域である山全体を拝むための場所。450x338_6
                   まだまだ鳥居が続く338x450_5
           途切れるとこんな風景が。そしてまた鳥居が続く。450x338_7
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                   三ッ辻からの景色450x338_9
           四ッ辻450x194
                 四ッ辻からの京都市内450x338_10
午後の予定があるので、この上の上社を巡る、お山巡りはやめることにした。

            お昼は駅前であなご丼とうどんセットを頂く。450x338_11
                       (つづく)

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2017年4月18日 (火)

大山道・田村道(江の島への道)

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4/12(水)に大山に登ろうと決めていたのですが、前日に大雨が降ってまたもや延期となり、その変わり、大山詣りした往時の人々が帰りに、伊勢原から江ノ島へ寄って江戸に帰ったという伊勢原から江の島への田村道を、伊勢原、平塚、寒川、茅ヶ崎の香川の駅まで歩きました。江の島までの中間点ぐらいで10㎞くらいでしょうか。
伊勢原に住んでいる知人に19年ぶりにお会いし、記念切手や大山銘菓「独楽最中」などを頂き、「大山詣り」が昨年日本遺産に認定されていたことを知りました。

     記念切手と駅の横断幕
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日本遺産認定は平成27年から始まったようで、全部で37件、地域の歴史的魅力や特色を通じて我が国の文化・伝統を語るストーリーを日本遺産として文化庁が認定するそうだ。
地域に点在する遺産を「面」として活用し、発信することで、地域活性化を図ることを目的としている点が世界遺産や文化財指定と違います。
江戸庶民の信仰と行楽の地~巨大な木太刀を担いで「大山詣り」・・・これが日本遺産認定の大山詣りのタイトルです。

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また、もう一つの記念切手はロマンスカー・伊勢原駅停車記念です。2016.3.26停車開始だそうで、約1年経ちました。新宿発2本、箱根湯本発2本。知りませんでした。

駅を出るとすぐ「三福寺」に着く。足腰と旅を司る子の権現社があって草鞋がたくさんぶら下がっていた。460x345
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             原之宿道祖神が可愛らしい。まだ新しい。460x345_4
大山道と日向道の分岐点の道標(天文4年・1535年)。この道標は古く、地蔵様?がこれまた可愛らしい。345x460_3
すぐ見えてきた八坂神社の桜が見事だ。境内には多くの石造物がある。伊勢原は、この日は丁度桜が満開で、電車から見た大山の裾野も、はるか見渡すと薄ピンク色に彩られていました。460x345_5
小田原厚木道路の手前に東円寺がある。境内にある「舟つなぐ松跡」の碑。昔、この一帯が川の氾濫原で海岸だったという伝説による。P1050727_460x345
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伊勢原市から平塚市へかけて大山や平塚の高麗山を眺めながら歩くと、島崎藤村の『千曲川旅情の歌』の「畑中の道」のフレーズを思い出し、ここ、畑中の道は涼しい春風が吹き渡って気持ちの良いこと!あぜ道にはトウダイグサやカラスノエンドウやヒメオドリコソウなどの花、川にはカルガモ、川の土手には菜の花や桜が満開。
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十王堂跡 1537年、小田原北条氏が川越の上杉氏を攻めた際に相模川で合戦があり、多くの戦死者を出した。この戦死者を妙楽寺の住職が集めて篤く弔ったお堂の跡。345x460_5
「田村道」や「田村の渡し」と言う名前の「田村」は坂上田村麻呂所縁の地による460x345_15
相模川を渡る。水源が山中湖で、そこから流れ出す桂川を富士山裾野一周の時見ました。460x345_16
                欄干の大山と渡し船のレリーフ460x345_17
                     アケビの花460x345_18
河原不動尊 中に江戸時代の不動三尊が祀られる、道標や力石が置かれる。460x345_19
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        梶原景時館跡 頼朝に義経讒言をした悪人とされている460x345_21


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今庭で咲いているシャガ、シラユキゲシ。
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鉢植えのギンギアナム、今日は枯れかかってしまった、白と白青半分のムスカリ
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          シジュウカラがモッコウバラの蕾をつついています460x317

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2017年4月 9日 (日)

三島スカイウォークと三嶋大社しだれ桜

4/3 に、はとバスで行ってまいりました。

● 三島スカイウォーク(箱根西麓・三島大吊橋)
全長400mの日本一長い吊橋。これが出来るまでは390mの九重夢大吊橋が日本一だったそうだ。
三島は、高さ70.6mで冨士山と駿河湾が見えること。主塔の高さは44m。九重大吊橋は川底から173mもあり日本の滝百選の震動の滝が見えるそうで、どちらもスケールが大きい。

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        渡る前に振り返ると三島・沼津・駿河湾が霞んでいました。460x345_4
                 渡り始めてパノラマで460x185
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渡っていくと富士山と愛鷹山が見えるはずですが、雲がかかり、それでも一瞬、中央の白い所・富士山の頂上が見えました。460x345_6
       本当はこのように見えるはず。写真が橋の途中にありました。460x345_7
             谷底にはわずかの水の流れが見えます460x345_8
                   北エリアに到着460x345_9
          散策路にkicoro(キコロ)があちこちに置いてありました460x345_10
それにしても長い吊橋、中心に近づくにつれて揺れが大きくなります。九州九重の方は川底が見えてここよりさらに100mも深いわけで、行って眺めてみたいものです。

●昼食場所で一瞬富士山の頂上が見えました
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                  昼食は金目尽くし御膳460x345_12
またまたイチゴ狩りです。前回は12個、今回もお昼を控えめにし15個を食べて満腹状態に。子供にラインで報告したらびっくり仰天されてしまった。
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●三嶋大社
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奈良・平安時代からあり、三嶋神は東海随一の神格と考えられた。源頼朝は深く崇敬し、源氏再興を祈願した。明治4年の近代の社格制度では、官幣大社に列せられる。平成12年には、御本殿が重要文化財に指定された。

境内には15種200本の桜があるそうで、池にかかる枝垂れ桜がきれいでした。460x345_16
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毎年「4月3日・5日」は、稚児健康祈願祭が行われ、この日がそうでした。祭典に先立ち、そろいの衣装に着飾った3歳から7歳のお稚児さんたちが、商店街を巡行します(13時ごろ)。
祈願祭の後、舞殿ではお稚児さんの舞いの奉奏があります。見られなくて残念。
2時頃で丁度終わった所でした。男子は一人位しか見当たりませんでした。お母さんたちに許可を得て可愛いお稚児さんをここに載せることが出来ました。
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天然記念物の三嶋大社の金木犀 枝條250平方米 樹高10m 目通り周囲約4m あまりに大きくて写真に収まらない。花の咲くころは辺りは香りに満ち満ちているのでしょう!460x345_21
●柿田川湧水 何度も来ているのですが、約50年も前に降った雨や雪がここに湧いてきている不思議を思う。
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        昭和12年にここに製紙会社を築いた高野二三の母屋と庭460x345_24
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いちご腹のため、夜はうどん屋さんできつねうどんだけの食事になりました。

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2017年3月13日 (月)

片瀬・鵠沼・辻堂海岸~藤澤浮世絵館~旧東海道・四ツ谷(立場)

599x660_23/11 神奈川ウォーキング協会のイベントに2回目の参加です。
大山街道歩きのリーダーのSさんとご一緒で、案内していただき、藤沢駅~片瀬海岸~鵠沼海岸~辻堂海岸~辻堂駅からすぐの藤澤浮世絵館~旧東海道・四ツ谷の立場(宿場と宿場の間にある休憩地)~小田急線藤沢本町駅 自宅から駅往復と合わせるとざっと20㎞近く歩きました。我ながらよく歩いた!(自画自賛)



 藤沢駅近くの奥田公園のクロガネモチの木 実が大分オレンジ色がかっていた。

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           引地川 藤沢駅を挟んで引地川と境川が流れる460x345_2
                    長久保公園460x345_3
             鵠沼の住宅地をくねくね行くと境川へ出る460x345_4
             堤防上ではイワシとシラスを干されていた460x345_5
                  江ノ島の海岸に到着460x345_6
        この日は潮がかなり引く日であった。それがわかる海岸線。460x345_8
              橋桁の間、長靴なら歩けそうです。460x345_9
昼食はまたまた江の島・鎌倉名物「しらす丼」。しらすの塩味が良く、生姜おろし、大葉、レモン、半熟卵とマッチして大変美味しいお店でした。460x345_10
                        海岸460x345_11
                     サーフィン460x345_12
                     コブシ満開460x318_460x318_2

辻堂駅北側のココテラス湘南7階に藤沢市藤澤浮世絵館があります。
『文明開化 変りゆく浮世絵の景色たち』展
① 東海道コーナー 
三代歌川広重の錦絵が「東海名所 改正道中記」として日本橋から16枚も。明治8年制作です。東海道五十三次は初代歌川広重だけでなく、歌川国貞による「東海道五十三次・美人東海道」「役者見立東海道」などが人気を博したらしい。
初代との比較 (クリックして拡大)660x325
② 藤沢宿コーナー
歌川広重のこの絵は「東海道七 五十三次之内 藤沢」とあるけれど、四ツ谷の立場を描いたもの。この場所は東海道から大山道が分岐する所(追分)でもあった。絵の左端に不動明王を戴いた大山道標が見えるとのこと。美術館を出てから実際に行ったわけです。
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③ 江ノ島コーナー
初代歌川広重は江ノ島が好きだったようで、今回10枚展示されていた。
               
                  勝川春扇「江ノ島詣」460x294
④ 文明開化と景色のヨコハマ
文明開化によって浮世絵が描かれる風景は、異国の人々やレンガ造りの建物、ガス灯、蒸気機関車と大きく変わっていった。明治5年には横浜に日本初のガス灯が設置され、新橋・横浜間に鉄道が開通した。クリックして拡大660x346
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                 四ツ谷交差点の四谷不動345x460
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               旧東海道から分かれる大山街道460x345_14
藤沢本町駅への途中メルシャンワインの工場があり、可愛い七面地蔵尊があった。どこが七面なのかわからない。345x460_2
                    面白い石屋さん460x345_15

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