2020年1月18日 (土)

あちらこちらへと

今日は積もらないけれども東京も初雪です。
ここ数回調子悪かったカメラが使うこと4年を前にして遂に壊れました。酷使しました。昨日は買い替えに吉祥寺まで出て行ったのですが、前のカメラ引き取りが3000円ということで、午後もう一度出直しということになり、自宅駅に戻りました。そこで55年目の結婚記念日(エメラルド婚)であったのでイタリアンレストランでワインで乾杯。次の60年はまずあり得ないでしょう。
午後カメラを持参すると、何と2万円引き!、ポイントもあったので前回よりずっと安く買えました。夜までずっとカメラと格闘し続けた一日でありました。

●鎌倉六国見山(147m)~葛原ヶ岡ハイキング~源氏山公園 約2万歩

まだぐずぐずしていて昨年12月中旬に戻ってしまいますが、台風の爪痕を鎌倉の山で見て、オーストラリアやアメリカの山火事、日本、フランスなどの洪水などを思い起こし、今年もどんな気象災害に襲われるかと身震いさせられています。欧州の人々は特に真剣に考えていますが、日本はまだまだ甘いのではないか、子孫はどうなってしまうのでしょうと考えながらも一歩も踏み出せず、やっぱり平和ボケの日本の片隅で真剣でない自分がいます。

北鎌倉駅で降り少し上がるともうこの展望です。

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登山口あたりの紅葉。
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六国見山は頂上からの展望がきかず、下の展望台から六国(相模、武蔵、伊豆、上総、下総、安房)を眺めるも、霞んで千葉県方面はよく見えず。
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頂上の標識はブロックで何故か麻雀のパイとサイコロの絵が。
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明月院に降り、線路を渡って、浄智寺へ。
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葛原ヶ岡ハイキングコースは倒木多数のため通行禁止。情報ではどうやら通れるということで行ってみたら1ヶ所大木が重なり合うように数本倒れていた。あの台風がいかに凄かったかを思い知らされた。
葛原岡神社の祭神・日野俊基の墓(後醍醐天皇の側近で元弘の乱でここで殺される)。
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源山公園の源頼朝像。
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●早稲田~神楽坂~市ヶ谷散歩(今年初の富士女子会)

地下鉄早稲田駅を降りるとはす向かいに「夏目漱石誕生の地碑」がある。1966年に建立で、近所に住んでいたけれど小学生だったのでまだなかった。
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私が卒業した早稲田小学校は以前載せたことがありますが、化粧直しをしてきれいになっていた。
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少し歩くと「漱石山房記念館」に到着。2017年9月オープン。漱石は晩年の9年間ここ早稲田南町で過ごした。書斎、客間などが再現され、テーマ展示がある。カフェでくつろいだ。
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右側に見える猫の墓は昭和28年12月9日に再興されたもので、小学校6年生だったので毎日見ながら通った。
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ここから自分が住んでいた場所はすぐ、通り過ぎて神楽坂に向かい、神楽坂駅の横の赤城神社へ。昔の面影はなく、建築家・隈研吾氏が監修した社殿が建つ。
赤城山麓の豪族、大胡彦太郎重治がここに移住した時に本国の赤城神社の分霊を祀った。縁結びの神様。若い人ばかり。
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筑土八幡 牛込の鎮守で1200年前の創建。江戸時代の鳥居や猿を刻んだ庚申塔があった。私の母がこの辺りで生まれ育った。
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神楽坂は面白いお店が沢山あって非常な賑わいを見せている。あちらこちらに引っ掛かりながら昼食に。お昼は「だいこんや」で揚げ赤目鯛のおろしかけセットを注文。
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毘沙門天善國寺は駒猿だ。水戸黄門、田安家、一橋家と縁がある。
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牛込橋を渡り、東京大神宮(東京のお伊勢さんと呼ばれる)に行ったがこれは縁結び神社で、若いカップルの数百メートルの大行列で引き返す。一般の人がおこなう神前結婚式を初めて行った神社だそうだ。

飯田橋から市谷までの外濠公園を歩く。途中市ヶ谷見附の所にある20数年勤務した校舎を見て、市ヶ谷駅近所で再びお茶を飲み解散する。係が私だったので自分に関係したところばかりを皆さんを引きずり回してしまいました。
街灯のテントウムシ、何か意味があるのでしょうか。
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●ブロ友新年会

今年10回目という新年会に昨年欠席で今年2度目、お仲間に入れていただきました。私が一番年上で全員70代の7人。日頃ブログでその活躍ぶりは存じ上げていましたが、本当に皆さん、好奇心は旺盛でたくさんの事に首を突っ込み、学習し、行動し、とてもお元気。ボランティア活動をされてる人も。ただただ、凄いなあと。
ブログを始めてから私も世界が広まって、世の中凄い人ばかりじゃないか。自分は一体何をやっているのかと嘆いている場合ではないと思いつつ、だんだんと老いに蝕まれて思うように行動できなくなっていくのを寂しく思っているときの新年会でありました。刺激を受けますね。私だったら関西でやると言われたらちょっと躊躇してしまうのにlilyさんは泊まり掛けでお出でになるその心意気を私も真似してみてもいいのではないかと思ったりもしました。
KITTEでの東京大学総合研究博物館+日本郵便の見学、丸ビル内の「グリル満天星」での洋食、そして上野国立博物館での「高御座」と「御帳台」の見学(30分くらいで入ることが出来ました)を銀河さんが企画してくださいました。もう10年もたったお一人でずっとお世話しているそうです。とても真似できない素晴らしい方です。既に全員の方が写真とともに感想を書かれていました。お世話になりありがとうございました。

トナカイ親子の剥製 tonaとして親近感が湧く。
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上野 アイスチューリップがきれい。
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「高御座」と「御帳台」
テレビで観たよりずっと装飾がきれいに見え、黒塗りの継壇や朱塗りの高欄の輝きも目を惹き、素晴らしい調度品を見ることが出来、百聞は一見に如かずでした。
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2019年12月31日 (火)

年の終りに

今年もあと数時間で終わりです。
この1年も街道歩きばかりのブログになってしまいましたが、いつも読んでいただき有難うございました。
来年もよろしくお願いいたします。
良いお年をお迎えください。

この寒さの中で咲いているアサリナです。
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2019年12月27日 (金)

お元気な恩師

我が恩師、4年間我々18人(後に19人)クラスの担任でもあった教授は、今年103歳で、一人暮らし(姪御さんなどが時々お手伝い)をされておられる。
目標は来年のオリンピックを見る事とお茶を研究されてきたので108歳(茶寿)まで元気に生きることだそうです。
今でも頭脳明晰で、テレビのクイズ番組をご覧になっていて、殆ど当ててしまわれるそうです。それがどんなに凄いことか!
クイズ番組を見ていなかったけれど、試しに2つの番組を見てみたら、なんと全然答えられない。わかるのはほんの少し。ショックでした。
私自身はいかに物を知らないでここまで来たかです。物忘れもひどいし。体を動かし、頭も使い、考え、この先生のように歩けなくなってもボケないように勉強もしなくては。
そういえば、小4で数学検定1級合格の男の子。
小4で英検1級合格、小6で数学検定準1級に合格した女の子にはもうびっくりです!

 


「大楠山」

11月下旬、三浦半島・横須賀市にある大楠山(241m)に逗子側から登りました。横須賀側は台風で途中通行が困難で登れないとのこと。
バスの終点は地球環境戦略研究機関でした。どんな研究がなされているのか。関係ないですが、このあと12月に入ってから、COP25で日本が化石賞を2つももらったことを思い出してしまいました。
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大楠山は2.1㎞先。少し行くと展望台のある大楠山が見えてきました。
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ススキが山道を彩る。
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アザミもまだまだ咲き誇る。
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ウルシ科ハゼノキ(又はヤマハゼ)の紅葉がきれい。
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この頂上は神奈川景勝50選です。
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伊豆大島が見えます。
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逗子の前田橋バス停方面に降りる。皇帝ダリアに囲まれた芝生地。
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少し降りたところに上皇上皇后両陛下御光臨記念植樹の石碑と右の木・愛子さまお誕生記念樹とありました。葉山御用邸から近いので登られたのでしょう。
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標高差200m弱登ったのでしょうか。約17000歩でとても快い運動になりました。


「鐘撞堂山」

12月上旬。埼玉県北部の寄居町に鐘撞堂山(330m)がある。登って見たら本当に鐘撞堂がありました。
真下に鉢形城跡が見えるし、周囲は展望がきいて見晴らしがよいので、戦国時代、敵の襲来を鉢形城へ鐘を撞いて知らせた見張り場だったそうです。

寄居駅前
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少し進むと鐘撞堂山が見えます。電線だらけで汚い画像ですが全山紅葉です。
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シイタケ栽培の所を通る。
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大正池 大正天皇御即位記念として出来た用水池のようです。
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ゆっくり寄り道しながらの2時間で頂上に到着。鐘撞堂があり、鳴らしてみました。当時は下まで聞こえたのでしょうか?
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約23500歩でこれまたよい運動になりました。

 

 

 

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2019年3月 5日 (火)

パソコン入院中

今朝突然パソコンが壊れてしまいました。
しばらく娘のところに入院です。
無事なおるとよいのですが…

というわけで、しばらくアップできないかもしれません。また皆さんのところにお伺いできないかもしれませんが、なおりましたら、またよろしくお願い致します。

スマホでアップしてみましたが、慣れないので結構大変でした…

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2019年1月29日 (火)

医療費

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              この頃家の中でいつも一緒のリラックマ


二人合わせて(私の分は結構少ない)後期高齢者医療保険料を30数万払っているわけですが、今日来た昨年8月から今年7月まで1年間、私が使った医療費は何と90423円。3割なので保険がなかった場合の10割にすると319400円。私一人で約23万円も払っている保険料を使っているようなもの。夫の方も結構かかっているので、若い人に随分負担させているのだと申し訳なく思いました。
昨年の医療費は1年間513450円、1ヶ月平均42788円ということになり年金に占める割合が15年前と比べて何と多くなったこと。

今年こそ歯と目(逆さまつげ抜き)以外は医者にかからないでいきたいものです。しかし老化が止まらなくてひっきりなしに医者に足が向いてしまうから困ったものです。さすがに弱くなった自分を自覚したものです。(同級生には全然病気しないで超元気な人がたくさんいます!)

ある病院の医師が「病気ではなく、病人を診る診療を」と書いています。時間差がありますが、皮肉なことにここの病院で夫が入院手術をしたのですが、今までの病院で最低でした。大学や病院は上層部がいいモットーを掲げていても、言うは易く行うは難しです。下まで徹底していない。それが当たり前なのでしょうか。

複数の医師がいるクリニックを合わせて作年11月から今月までいろいろ悪くなったので、9人の医師にかかりました。殆どの医師がよく看て聞いてくださいました。そのおかげで助かって元気になれました。
しかし困ったのが、本来の病気が治っていないのに、他の検査をしてそちらの方の薬治療を勧められたことです。薬治療の副作用が苦しかったり、そんな心配な数値でなかったりで逃げました。

帚木蓬生著『蠅の帝国』

蠅の帝国って何処かと思ったら広島の原爆が落とされた後の街の事だったのです。暑い8月に死体が累々と横たわり、蛆が湧いて蠅が真っ黒になるほど湧いたのだそう。
「助けられるはずの命が、目の前で消えていく」
15人の軍医のお話。広島、東京大空襲、沖縄戦、樺太のソ連侵入、満州ソ連侵入、太平洋の島々など今まで読んだり聞いたりしていた悲惨な内容が、軍医の立場から書かれた15編。
苦しくて、大変で、悲しくて、みじめなで胸が抉られそうな極限状況の戦争、今も世界各国で同じようなことがあるなんて、人間は永遠に戦争を続けていくのであろうか。

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2019年1月15日 (火)

リラックマ状態ですが、もうちょっと。

お久しぶりです。1月ももう半ば、もう1ヶ月寝ております。
病名はどう呼ぶのかわかりませんが、感染性の腸炎のようで、ここにきてやっと少し良い方に向かっているようです。
半月ばかりは本も読めない状態でしたが、今年に入っていろいろ楽しんでいたのですが、昭和49年発行の『世界の歴史』全16巻に手を付けたら小さな字で約500頁、2巻目に入りましたがきっと途中で投げ出すでしょう。(2巻目は塩野七海氏のギりシャ人とローマ人の物語20冊近くがこの1巻で終わってしまった)

毎日がリラックマ状態、幸い家族が今まだ元気なので面倒を見てもらっていますが、一人だったらと思うとぞっとしました。
いずれそうなるかもしれないし、反対になるかもしれないし、ちょっと死の淵を覗いたような日々でした。
そんな折、昨年9月に亡くなった樹木希林さんの『一切なりゆき』を読んで、結婚生活やいろいろ驚くことが多い中、大女優さんが靴は長靴入れて3足、あの素敵な洋服はもらいものか、ちょっと手を入れてアレンジしたとか。下着はよその亡くなった御主人の新品のをもらってゆったり着ているとか、家具は捨てられた昔の物を手入れして使っているとかで、ほとんど何もない生活で実に快適と書いていました。共感しました。そして全身癌でありなから6年間も、特に最後の1、2年は未封切りも含めて随分たくさんの映画に出演されている。
特に治療もせず、「痛い」じゃなくて「ああ、気持ちいい」と言い換えるとか、いろいろな症状も感じるけど、感じないようにしていて、知らんぷりしているそう。凄い方だ!

娘からも、水前寺清子の「三百六十五歩のマーチ」
      しあわせは 歩いてこない
      だから歩いて ゆくんだね
      一日一歩 三日で三歩
      三歩進んで 二歩さがる
      人生は ワン・ツー・パンチ
      汗かき べそかき 歩こうよ・・・
を贈ってもらい、11月5日から約2か月半やっとここまで漕ぎ着けたところです。
これから先はこのようなことの連続にならないとも限らないわけで、あまり心が強くならない自分を叱咤激励して進むしかありません。

今年もまたどうぞよろしくお願いいたします。、

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2018年12月27日 (木)

皆さま、良いお年をお迎えください。

いよいよ暮れも押し迫って参りました。

家人が「モ〇○○菌が体内に入り込んでしまったのではないか」と申すのですが、まさかね。
最初は気管支、今は腸に入り込んで、結果はまだわかりませんが、途中からもう1週間くらい臥せっております。
点滴は2回ほどしてもらい、年明けまでは医者がお休みでもどうにか持ちそうな感じです。

ご訪問、そしてコメントを下さった皆様、この1年間も本当にありがとうございました。
どうかよいお年をお迎えくださいますように。
また新しき年にもどうぞよろしくお願いいたします。

ブラジルの国花・イペー(黄色の花)
日本の桜や南半球の紫色のジャカランダと並んで同じように黄色の花が咲くという。
その種子をmatsubaraさまを通しSaas-Feeの風さまから戴いたのは5月頃。①③⑤と言う3種類が順次2週間たった頃発芽し夏を乗り切り、今部屋の中に取り込みました。
果して何年後に花を咲かせるのか、生きている内に見たいものですがちょっと無理かな。
左の2鉢が⑤、一番右の1鉢が①、真ん中の4鉢が③と一番よく発芽しました。葉が徐々に落葉しつつあります。3種類の葉の形が異なります。
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2018年12月19日 (水)

スマホを持っていても何もできない私と同じようで笑ってしまう

『恋するように旅をして』角田光代 直木賞作家の随筆より(2005年の話です)

一人で旅に出る以外、行動に移すパワーがことごとく欠如している。
飲食店に一人で入らない。一人で映画を観に行かない。コンサートやライブのチケットをみずから買ったことがない。買い方が分からない。どう調べていいのかわからないから調べもしない。興味のある絵画展やイベントがあってもそこへのいきかたがわからなければいかない。時刻表が読めない。読もうとしたことはあるが、暗号が書かれているとしか思えない。東京に長く住んでいるが乗り換えがわからない。路線図だの時刻表だの理解できないものを理解しようとつとめて眺めていると胃がきりきりしてくる。ビデオ屋もみずから会員にならない。なぜなら私には目当てのビデオを捜すことがことができない。監督別、役者別、あいうえお順、入り混じっている文字を目で追っているとこれまた胃がきりきりしてくる。
そうすると、行動が非常に狭まってくる。決まりきった場所しか移動せず、決まりきったことしかしなくなる。
そして結論は、自堕落でもなければ、初心なのでもなく、面倒くさがりやでもなく、ひとりで旅をするための行動力を温存してるのだろう。

私の子どもの年齢の作者が2005年(13年前)に書いているのですが、これ私と思わず笑ってしまった。そして最後のオチみたいのにもっと笑ってしまった。
私は乗り換えが少しわかり、絵画館には行けるが、他は殆ど同じ様な状態。違うところは一人で国内はおろか海外旅行もできないし、その上私には作家と言う文章の上手な、物語を構成する能力なく、何の取り柄もないと言うことで、一瞬暗くなったのでありました。呆れられてもいます。この3年間、努力ということが私の体から抜け去ったこともとても痛い。

しかし、スマホがこんなに便利になった現在、まさか作者がこの状態が続いているとは信じられないけれどどうなのでしょう。
私もスマホを使いこなせず、決まりきったことしかしていないで、上記のチケットを買えない云々殆ど出来ないが、とても便利でもうやめられない。ないと困る。
再び思う。角田さんはバリバリに使いこなして上記の事を全部こなしているのか。何しろ若いのですから。

       ・‥…━…‥・‥…━…‥・‥…━…‥・‥…━…‥・‥…

先日名古屋で川上貞奴が福田桃介と住んでいた家を拝見してきたが、貞奴と川上音二郎が結婚して住んでいたのは私の故郷・茅ヶ崎。
駅から南へ200m行ったところに高い松などがたくさんそびえて、今はきちんと整備された高砂緑地があって、そこに彼らは「萬松園」と伊藤博文に名付けてもらった家に住んでいた。九代目の市川團十郎を慕ってそのそばに住んだというわけだ。その後実業家・原安三郎(三溪園を造った人)の別荘になった。私がいた頃この前をよく通った。
その原別荘の跡地に貞奴たちが住んでいた方の場所は今は立派な市立図書館になり、別荘の中で茶室・書院が「松籟庵」として残っている。
用事があって行ったのが月曜だったのであいにくお休みだったが中の庭を垣根越しに覗いてみた。
その門と庭
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平塚らいてうに碑 雷鳥は奥田博史と事実婚で、結婚した頃奥田が結核を病み茅ヶ崎の南湖院で療養中、らいてうは看護していた。
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2018年11月 7日 (水)

モロッコから帰って

ちょっと変わったイスラムの王国・モロッコから元気で帰りました。
とろがその夜軽く咳が出、翌日微熱が出て、昨日9度6分に上がって医者に行ったらA型のインフルエンザでした。
そのあとが悪かったです。ふらついて家の2階から13段転げ落ちて、痛かったこと。しばらく起き上がれませんでした。
整形外科にもこの熱とインフルエンザでは行かれませんので骨折してないことを祈るばかり。

というわけで愚痴を書いてこの項終わります。

1週間静養で外出できませんで、その後に書きますモロッコ紀行をよろしくお願いいたします。

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2018年10月 3日 (水)

老化と古くなってきた陋屋と

家は22年、その3.5倍の私。
私は老化だけならいいのに、それ以前から続いている落とす癖にもう呆れかえって「落とさない」念仏を「転ばない」念仏と同時に唱える毎日。
実は以前海外でリュックを忘れて戻った話は書きましたが、その他にジャケットや、気に入っていたブラースなどはおっていた衣類を置き忘れています。その他こまごまいろいろ。
今回はなんと財布を落としてきました。幸い、お金とカードは全部他にしまっていたので、財布そのものとパスポート写真やコピーしたものだけで済んだのですが。
今度は何を無くすのかまで考えてしまう情けなさ。パスポートだけは無くしたくないものです。

家はどんどん朽ちてきています。何しろ建売ですからね。
屋根と壁はもう2度も塗り替えました。1回に90万円近くかかりました。
そして先日、今年の雪(1月22日)で雨樋が壊れ、半年もじゃじゃ漏れの音を聞いてきましたが、新しく替えました。約58万円(これは火災保険がききましたのでラッキー)。
外に設置してあるガス(名前が出てこない)、台所のガス台、トイレ2ヵ所全とっかえ、水道あちこち、畳、網戸。障子がはずれなくなって張替が出来ずそのうち専門家にお願いする予定。クーラー5か所のうち3ヶ所取り替え。電気製品もこの22年に洗濯機、冷蔵庫、テレビやビデオ数台に電話機や子機買い替え。
壁は汚れ、はがれ、一部レースのカーテンは破れ、、、まあきりがないです。
10回くらいの引っ越しで、家具は鏡台だけであとは全部壊れ全とっかえしました。それも大分くたびれてくすんでいます。

そしてあまりに巷にあふれている高齢化の問題、その後期高齢者になる1年前に私は医療機関にあちこちお世話になり、医療にお金をたくさん使うようになりました。
健康保険料も家族で年間かなり払っていますが、若い人たちが支払っている分に侵入するようになりすまない気持ちです。本当によくぞ、後期高齢者とは言ったものよ。
元気な人もたくさんいるのに、私としては元気で働いて、そして遊んできたはずなのに、突然あちこちガタが一度に降りかかってきました。こんなことで3年過ごしているうちに、死の準備をするようになりました。何時命が尽きるかはわからないけれども、あがいてもしょうがないのだからと自然に任せるという気持ち。でもやはり頑張らないとどんどん衰えるのも確か。
今は歩けなくなったら一番困ると、頑張って歩いています。数年でしたが登山をしたことがつながって、頑張れば歩けるんですね。
呆けちゃんの方はならないことを祈るのみ。

そしてブログ、このお蔭は計り知れないものがあります。どんなにか嬉しいことがあったでしょう。お世話になった方々にお礼申し上げます。今月18日で13年たちます。15年間つまりオリンピックの年まで出来るといいけれど。またよろしくお願いいたします。(普通はその日に何年と書くのに、早めに言ってしまって。なぜなら殆ど忘れて、gakiさんには時々教えていただいたりして、逆さまです。今年も忘れそうなので・・・と冒頭の落し物、忘れもの多しの私に戻りました)

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