2018年8月13日 (月)

強制収容所症候群

先日又杉原千畝氏の番組をテレビで見て、3年前の6月に行ったリトアニアのカナウスの領事館の執務室を思い出したりしています。
日本の終戦と投下された原爆の事が話題になるこの季節、ドイツ人による収容所、これも2010年に行ったポーランドのアウシュビッツ収容所関連でフランクルの『夜と霧』を何度目かの読み直しをしていたら、図書館で大石芳野著『「夜と霧」をこえて』~ポーランド・強制収容所の生還者たち~が目に入り読んでみました。

あんな酷い収容所からほんの僅かな人が生還している。せっかく生還しても10年以内に90%の人が亡くなったという。
収容所の殺害・餓死・病死などの恐怖と直面しながら生きのびた条件とは「運」だった。
そしてプラス・強い意志が持てた人
          ・友だちの助けを受けられた人
          ・残虐な状況の中にも心ある人もいると人間を信じられた人
          ・屋根のあるところで働けた人
          ・ドイツ人と接触できた人
          ・からだの丈夫だった人
          ・家族がなく自分の心配だけすればよかった人
          ・服、手袋、帽子、靴下、下着などの何かが手に入れられた人
          ・食糧を余分に手に入れられた人
          ・医者、看護師、技術者などの特技を持っていた人
ある収容所の元オリンピック選手で優勝した人はその体力で、50万人のうちたった一人だけ脱走に成功したそうだ。

こうして多難な中を生還した人、しかもずっと生き残った人は運と強さゆえ、残りの人生をあの苦しみを経験すれば極楽の世界に舞い戻って、どんな苦難をも克服し充実した素晴らしい人生を・・・と私は以前の元気な時に思っていました。
実はそんなものではなかったのです。まず帰還する故郷、家がなかった。何処かへ帰還してその生業を立てなければならない。
肉体的な衰弱にとどまらず、精神的な障害、いわゆる今言う「トラウマ」が6,7年経っても消滅するどころか悪化し、慢性状態に変っていったのです。
収容所での過酷な日々が、精神的な傷となって深い痕跡を残した結果、情緒不安定、環境への不適合、集中力の欠如により、職業、勉強、家庭生活へ順応性を欠いた。
恐怖感、うつ病といった精神障害により身体的諸器官が影響を受け、不整脈、アレルギー、リユーマチ、坐骨神経痛、骨の退化、呼吸困難として現れているわけです。
そこを元気に普通に生きたごく少数の人は超人間と言えるでしょうか。一体どのくらいいたのか。精神科医のフランクルもその一人です。

あのイスラエル建国、そして中東における地位、パレスチナとの関係のユダヤ人の強引とも思える強さ。アメリカにおける富裕層のユダヤ人。優秀な民族で様々な面で世界の金融面、技術面も牽引している。ユダヤ教に頑固に固執するその姿。。
同じ人間でありながら考えられないことも多く、まだまだ理解できない事の多い人達です。
許されたドイツ、許されない日本。戦後処理のまずさゆえと言われる日本。それがどうしてなのか?いろいろ考えさせられる夏です。

◆心が安らかになる言葉です
Оこの大自然は、微妙で、かつ素晴らしいバランスで、私たちをつつみこんでくれています。 
人間がどのような知恵をもってしても、つくりあげることができない世界につつまれています (慈眼寺・塩沼亮潤)
・・・・しかし人間がその大自然を破壊しつくしていることは頭の痛い問題です。既に猛暑や他の異常気象で報いを受けています。

О私の師が晩年、病というのは人生最大の修行である、もし病をわずらってしまった場合あるがままを受け入れ、明るい気持ちで専心せよと申してました。(who?)
・・・・しかし果して自分に出来るであろうか。これまでもそうだったしこれからも課題です。
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1年中お休みの身ですが、今夏休み。19日から30日まで海外に出かけてきます。帰国しましたらまたよろしくお願いいたします。

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2018年8月 5日 (日)

海野弘著『海賊の文化史』

       春に蒔いたアサリナの花がやっと咲き始めたのは7月25日
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   7月31日頃から30輪近くのツキミソウの花が咲き続けています。7/31夜
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        8/1朝 薄いピンクに変わって朝のツキミソウもきれいです
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8月3日 今年もイヌキクイモが咲き始めました。高さが2.5mあるでしょうか。
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たくさん実が付くゴーヤというのを買ってきたら1本は枯れ、残った方にたくさんの実がついたのですが、一番最初に出来たのだけ何故か真ん丸おデブちゃん。
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海野弘著『海賊の文化史』

文学、映画、アニメに影響を与えた「海賊」
エドガ・アラン・ポー『黄金虫』、スティーヴンソン『宝島』、ジュール・ヴェルヌ『海底二万里』などエンターテイメントとして海賊が隠れているということになる。
映画『パイレーツ・オヴ・カリビアン』、日本の海賊マンガ、松本零士『宇宙海賊キャプテン・ハーロック』、尾田栄一郎『ワンピース』(芝居で見ました)、さらにゲームソフトにおける海賊もかなりあるそうだ。

世界に名だたる、ヴァイキング、サラセン海賊、バルバリア海賊、サリー海賊、カリブの海賊バッカニア、
ホーキンズ、ドレイク、ロロノア、モーガン、ダンビア、エイヴリー、キャプテン・キッド、黒ひげ、アン・ボニー、バーソロミュー・ロバーツ、ラフィットなど伝説の海賊も解説されています。

コロンブス、マゼラン、ヴァスコ・ダ・ガマなど海賊化した冒険者でした。

海賊が何故文化なのか?要するに何でも文化なのです。
現代の海賊文化・・それは情報の海の海賊
2つの世界大戦中、秘密情報の海賊国イギリスの活躍はチャーチルでした。
その後に情報海賊帝国アメリカ誕生
そして海賊版(複製文化)戦争に突入。紙、ラジオ、レコード、テレビ、CD、DVDやインターネットのネット海賊。
現代の原始的海賊といえば南紅海のソマリア海賊が浮かぶが、他にインドネシア、マラッカ海峡、バングラデッシュ、インド、ナイジェリアなどに出没する海賊が怖い。

名古屋が40度と言う記録を出した8月3日に岐阜に出かけた娘たち夫婦、岐阜も何と40度だったそうで気温を撮影した写真がラインで送られてきました。何でも岐阜美術館が11月から改装で1年間休館ということで岐阜城見学もかねて出かけていました。中山道の加納宿もちょっと歩いちゃったそうだが、暑かったことでしょう。
帰り名古屋駅で買ってきてくれたのが、
桑名であまりに高くて買いそびれた貝新の「はまぐりの佃煮」・・・一つ一つ味わって食べました。
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これは暑いために痛むので背負って歩けないで買わなかった、四日市名物「なが餅」。
餡子と餅が絶妙で美味しい。藤堂高虎も食べたという400年の歴史あるお菓子。
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岐阜名物「いた柿」 日本茶にぴったりの上品な味です。ご馳走様でした。
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2018年7月27日 (金)

100歳の画家・堀文子の言葉

1918年7月2日生まれの堀文子さんは今年満100歳を迎えられました。
77歳の時にアマゾン、マヤ、インカに出かけてスケッチし、2000年82歳の時には、ブルーポピーを求めてヒマラヤ山脈の高地を踏破したとのこと。
ところが翌年、解離性動脈瘤で倒れてからは、微生物に着目し海中に生きる命をモチーフとする作品を発表するようになったということです。
色が明るく特に花は素晴らしい作品が多く、さすがヒマラヤの青いケシは魂まで乗り移ったかのようです。

著書『ひとりで生きる 堀文子のことば』は何故100歳まで現役でこのような絵を描き続けられるかを語っています。こんな凄い方の上に、あるいは陰に阿部なをという料理家がいらしたとは! 感動のことばを抜粋します。

・群れない、慣れない、頼らない
・老残のかけらも見えぬ、阿部なを先生の迫力の原動力が知りたかった。
 「死ぬまでに体の悪い所は治しておかないと」何というすごい生き方だ。
・それに耐えるだけの体力と気力がないと、真剣に遊ぶこともできない。
・自活とか自由というものは、どんなに辛いことか。ワガママとは違って、責任は全部自分で背負わなければならない。自由の裏には過酷な任務があることを心得ておかねばならない。
・身体が衰えてきますと、誰でも何もできない諦めの老人と思うでしょう。けれども、私は知らなかったことが日に日に増えてきます。いままで「知っている」と思っていたことが、本当は「知らなかった」と。それがだんだんわかってくるのです。
・息の絶えるまで感動していたい。
・現状を維持していれば平穏無事ですが、新鮮な感動からは見捨てられるだけです。
・私は岐路にたたされたときは必ず、未知で困難な方を選ぶようにしています。
・「ひとりでよくそんな場所に行きますね。わたしにも勇気があれば・・・」とよくいわれますが、本当に行きたければ勇気も何も要りませんでしょう。本当にしたいことを人間は誰でもしているはずです。
・私はこれまで、自分の人生で大事なことは人に相談したことがありません。だって、だいたいのことは、「いけない」と言われるに決まっているんです。自分が本当に「やる」と決めたなら、どんなに大変でもやらなければなりません。自分がやりたいんですから。
・「旅はひとり」という信条に従って、言葉もできぬのに海外での一人旅を続けてきた。
・奢らず、誇らず、羨まず、欲を捨て、時流をよそに脱俗を夢見て、私は一所不在の旅を続けてきた。
・この先、どんなことに驚き熱中するのか。私のなかの未知の何かが芽を吹くかも知れないと、これからの初体験に期待がわく。私にはもう老年に甘えている暇などないのだ。



花筐~花がたみのSaas-Feeの風さまからつきみそうのmatsubaraさまへ送られたイペーの種をmatsubaraさまから送っていただいて発芽してから2ヶ月たちました。
イペーというのはブラジルの国花で「黄花イペー」と言われる。3~5mの高木になり、耐寒性は弱いということで、果たして育つかどうか、大きな鉢植えで冬は家の中で、花が咲く頃まで私が生きているかどうかわからず、それより前に枯らしてしまうかもしれませんが、兎に角珍しく面白くて、毎日眺めています。日向は怖いのでまだ日陰です。

1番(イペー市農業局の種)はまだ小さく成長が遅いので別の機会に。

3番(ポルトアグレ市 イペーアルバの種)187253_450x300
5番(ポルトアグレ市のイペーローショの種)双葉の後の本葉、3回目から3出複葉になりました。185255_2_450x300

ツキミソウの種を数年前matsubaraさまからいただてから毎年絶えることなく発芽して、今年は植木鉢10鉢に次々咲いて今晩は15も。6月22日から120も咲きました。716_450x300

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7月18日の三日月(実際は月齢5です)は赤かったです。明日は満月ですが台風で見えません。718_450x304

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2018年7月16日 (月)

『続々ざんねんないきもの事典』今泉忠明監修

ハマユウは2鉢になり今年は6輪咲きました。
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コスモスの種も蒔いたので賑わっていますが、撮影しなかったですが今一番元気にたくさん咲いているのがオニユリです。
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今年どこからかやって来たのがアゼナ(アゼナ科)。水田の畔などの湿った場所に生える雑草。我が家が湿った場所でもないけれども元気に咲いています。ムラサキサギゴケ等によく似た小さな花です。Oさんに教えていただきました。ありがとうござました。
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本2冊
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『続々ざんねんないきもの事典』今泉忠明監修

いきもの事典だから、今回は植物もちょっと出てくるし、ネコの視点から見ると「ヒトもざんねん!?」それは
1 頭が大きすぎてすぐ転ぶ・・バランスが悪いにゃ~。
2 2本足だから走るスピードがおそい。ネコなら100mを7秒台で走れちゃうニャ。
3 目にたよりすぎで、鼻も耳も悪い。ネコの聴力は人間の4倍以上、嗅覚は数万倍ともいわれるニャ。
4 体に毛がなくて寒そう。
なんてネコに言われる人間様です。

3冊目になってもおかしなのがたくさん紹介されていて楽しい!

・蟹の仲間の「モクズショイ」は藻屑やサンゴ、軽石などのごみを背負わずにはいられない。
・カタツムリはカラフルな(食べ物の色素を消化できない)うんこを心をこめておりたたむ。
・コウモリはぶら下がれるけど、立ち上がれない。脚の骨は細く、筋肉はガリガリなので。
・ラクダのコブはたまにしおれる。瘤の中身の合計100㎏近い脂肪が、1ヶ月も食べないで使われてしまった場合。
・アベコベガエルは成長するほど、どんどん小さくなる。オタマジャクシが25㎝の大きさになり、5~6㎝の体長のカエルになる。
・チンパンジーは自分で自分をくすぐって笑う・・・のだそうだ。動物園で見てみたい(一日檻の前にいても無理か?)
・マダラアグーチ(哺乳類)はおしっこをかけられると相手が好きになる。
などなど、今回もざんねんな<こだわり><体><生き方><能力>に分けて115種類も楽しめました。

『日本の神社100選』一度は訪れたい古代史の舞台ガイド 日本神社研究会

裏表紙より・・神話の時代から各地の豪族による群雄割拠の時代、ヤマト王権の誕生、飛鳥時代、奈良時代を通じて「日本」という国のかたちが整えられるまで、その時代ごとに創設された神社、合計100社を掲載している。

前文より・・世界各地にはさまざまな宗教があるが、日本には神社を信仰する「神道」がある。その原型は仏教やキリスト教が誕生する前の縄文時代までさかのぼるといわれる。
神道には教えや戒律がなく日本人の伝統的な価値観から成り立つ。現存する最古の歴史書『古事記』、最古の正史『日本書紀』には数多くの神社が登場する。古代の日本においても「祭り事」を行う神社は重要な存在だった。
私が行ったことがある、あるいは超有名な神社が意外な時代に造られたりして、御神体や祭神や成り立ちなど改めて知って、結構面白い本でありました。自分で行ったのだけあげると

1神話の時代の神社(15社) 出雲大社 諏訪大社 宗像大社 花窟神社 青島神社 鵜戸神宮 

2ヤマト王権の黎明期(16社) 3世紀末から4世紀初め。 熊野那智大社 鹿島神宮 富士山本宮浅間大社 戸隠神社 彌彦神社

3ヤマト王権の創成期(10社) 実在する初代天皇・10代崇神天皇、11代垂仁天皇の時代やまと纏向に宮があった。大神神社 石上神社 熊野本宮大社 日吉大社

4初期ヤマト王権の時代(17社)12代景行天皇の第2皇子ヤマトタケルや14代仲哀天王の妃・神宮皇后の三韓征討の時代。伊勢神宮 熱田神宮 大國魂神社 香椎宮 

5倭の五王の時代(8社)15代(応神)~21代(雄略)7人のうち5人と考えられる。寒川神社 貴船神社 

6古代「国家」成立(7社)仏教が伝来したのが6世紀。神への信仰を主張する物部氏と仏教の受容を進める曽我氏が対立し物部氏が敗れる。日本の信仰は、ここから明治時代まで続く神と仏を同一視する神仏習合の時代へと変わる。山岳修行で超人的な能力の獲得を目指す修験道も誕生した。宇佐神宮 英彦山神宮

7飛鳥時代(15社) 談山神社 八坂神社 厳島神社 出羽三山大社

8奈良時代(12社) 伏見稲荷神社 神田神社 高麗神社 日光二荒山神社 三嶋大社 ・・・と本社をお詣りしたのは32社でした。 

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2018年6月 7日 (木)

本&神代植物公園温室

最近の読書から

『ウニはすごい ばったもすごい』本川達雄著

『ざんねんないきもの事典』と続編を読んで、この本はウニやばったの面白いことや凄いことが一杯書いてあるのではと飛びついたでしたが・・・。
何気に見ている水族館(海や川)の生物たちから進化した生物、大半が水生物に費やされているが、最後のほんの少し、脊椎動物にきてちょっとわかり、あとは非常に難しく80%は理解できないというお粗末さでありました。
ただ次のことは初めて知ったことです。軟体動物の螺旋に接したら、きっと美しいなあと見入ることになるでしょう。
対数螺旋はデカルト螺旋ともいい、軟体動物の螺旋が巻きながら、巻いている間隔が広がって行くこと。その広がり方が一巻きごとの間隔が、前の巻の増加分に定数をかけたものになっている。つまり、巻の間隔が一定の比率で増加している。
一方蚊取り線香では巻の間隔は増加せず一定で、このような螺旋はアルキメデスの螺旋という。

『誰も知らなかったインドの秘密』パヴァン・K・ヴァルマ著 ますますわからなくなったインド人の思考やパワー。混沌のインドとはよく言ったものだ。

『職人を泣かせて建てた300年住める家』荻原博子著 あの経済に詳しい評論家の荻原さん、そこまでやるかという粘っこさに、もうたまげたというのが実感。

『漁師の肉は腐らない』小泉武夫著 実話の小説か。マタギのような生活のその知恵の面白さよ。


神代植物公園の温室は新装なってから混んでいたりして入っていなかったが4月末に深大寺に行ったときに初めて寄りました。季節がかなり戻ります。
新宿御苑や東京都薬用植物園とはまた一味違っていて好きになりました。たくさん展示されていた中からほんのちょっと。この他いろいろなランやベコニアやスイレンなどのコーナーもあります。
                ピンポンノキ(アオギリ科)
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                火の鳥(日本で作出された)
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                ナンヨウザクラ(トウダイグサ科)
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アリストロキア・サルバドレンシス(ウマノスズクサ科)映画スターウォーズの「ダース・ベーダー」に似た花
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                  ヒスイカズラ(マメ科)
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                 ミッキーマウスの木(オクナ科)
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                 モンキーオーキッド(ラン)
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面白いサボテン

キソウテンガイ ナミビアからアンゴラの砂漠に。葉が2枚で途中で裂けたりし、長さ2m以上、幅1m以上になることもある。雌雄異株。
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                   碧瑠璃鸞鳳玉綴化
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                     恩塚鸞鳳玉
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                      アザラシ
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                    白殊丸綴化
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外ではサクラソウ展をやっていて江戸時代の作出品が出ていました。
シャクヤクの他、バラもちらほら、そしてシャクナゲ園も満開でした。
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2018年5月 3日 (木)

『伊能忠敬を歩いた』佐藤嘉尚著

深大寺釈迦堂の国宝「釈迦如来座像」と同時代(飛鳥時代後期1300年前)の奈良新薬師寺の「香薬師像・御分身」と兵庫鶴林寺の「聖観音像・御分身」の三体をお詣りしてきました。

深大寺に今はナンジャモンジャ(ヒトツバタゴ)の木が2本、そば屋とお寺に咲いています。

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            キングサリはそば屋の前に咲いています
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池のマガモを見ながらニシンソバをいただく。ソバそのものは美味しいというほどではない。
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            開山堂参詣道に瓦で造った塀がありました
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『伊能忠敬を歩いた』佐藤嘉尚著
1999.1.2~2001.1.1まで約2年かけて5回に分けて北は北海道札幌、南は沖縄まで574日間11030㎞をウォーク隊16人が歩いた。さらに途中などともに参加した人は169446人だったそうだ。
隊員の歩いた様子を見ると、例えば第一ステージは1/25~5/2、98日間、東京から北海道まで太平洋岸を歩き通し、第2ステージ出発5/14まで家に帰って11日間だけ休む。凄いハード。
伊能忠敬一行は第8次(第9次は欠席)測量と最後に74日間にわたって江戸府内測量(第10次)をした。北海道は間宮林蔵に任せた。55歳から亡くなる72歳まで4千万歩を歩いたことになる。シーボルト事件も起こり、あるいはアメリカ艦隊がこの伊能地図で沿岸を調べる必要もなく大喜びしたなど、将軍家斉をして驚かしめた大図(縮尺3万6千分の一)69枚は江戸城大広間を一杯にしたという。
月にたった1、2日で日帰りで4万歩を歩いているだけの身には何ヶ月も泊まって歩くという体験はなく、たとえ若かったとしても出来ない。特に何事にも不便だった江戸時代のこの偉大なる大事業にはただただ頭が下がる。

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 パソコンの調子が悪くなって入院します。暫くパソコンとお別れです。

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2018年3月19日 (月)

『インド人の秘密』パヴァン・K・ヴァルマ著

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シキミ  丁度お彼岸の頃に咲き、仏壇や墓に供えたりする。公園に咲いていました。

暖かくなるまでは家で読書も多く、行き当たりばったり読書です。

『インド人の秘密』パヴァン・K・ヴァルマ著

本の中からちょっと抜粋。
不屈の精神ーいつも最悪を覚悟
普通であれば絶望してしまいそうな環境の中で、希望を見出していることに、本当に驚きます。極貧民でも敗北を認めません。貧困を美化するつもりは一切ありませんが、インド人は平然と、事態が少し悪いくらいでは幸運だ、と最悪を覚悟しているのです。厳しい状況があまりに長く続いたので、不屈の精神が培われたのでしょう。耐久力が身についています。人生に障害はつき物と考え、すぐ落ち込んだりはしません。無頓着に冷静にことを処理していきます。デリーのオートリキシャ(三輪のタクシー)の後ろにこんな標語を見つけました。「起きるときは起きる!」

モンゴル、トルコ、ヨーロッパの支配力とは異なり、領土を拡張する目的で軍による征服をしようとしたことは1度もない。
カースト制度、男尊女卑、インド人の消極性。
一方、どんな悪環境の下でも金儲けに専念できる性格 権力の誇示、ステイタスの重要視、結果が良ければ手段を選ばず、何をやっても正当化、長いものには巻かれろ、人間関係に距離を置く、ごますり・お世辞、妬み、服従心と敵対心、派閥主義、政治家堕落、優れたIT関連頭脳・数学・天文学と占い術、製薬、迷信、汎インド人、インドに住むムスリムとはあまり問題を起さない。

人口13.2億人、混沌とした複雑な内面を持つインドはなかなか理解しがたく、一筋縄ではいきません。



『精霊の民 アボリジニ』白石理恵著 世界人類問題叢書8

ヨーロッパ人は探検家が大変な努力を重ねて、大海や砂漠やジャングルを越えて、訪れたことのない地に到達すると、その地を発見したと表現した。
オーストラリアの場合、アボリジニがその地に誕生あるいは移住してき、昔からそこで社会を形成し、それぞれの宗教や文化や思想を発展させてきた事実を侮り、その民族の業績と能力を無視しようとする。そして既存の海岸沿いの集落を崩壊し殺戮し、あるいは白人の持ってきた伝染病で死亡させ、白人が増えるにしたがって人口を支えられなくなり、さらに襲撃し砂漠の方へ追いやり、害虫と同じ駆除すべき対象とした。そのためアボリジニの文化は壊され、人口は極端に減少し、砂漠地でさらに困窮した生活を強いられたようである。
平均寿命は1993年と古い統計ではあるが、男性は50代、女性は60代と低く、乳幼児死亡率は60%以上と書いてあった。
白豪主義の政策のもと、アボリジニは進化過程が白人のレベルに達していないと信じ、他の人種に対して非人間的な行為を犯し易くなった。その結果、はかり知しれない数のアボリジニーが悲しみと悔しさと怒りに満ちた人生を送った。

アボリジニから驚くことは、芸術の位置づけ。美術も音楽も演劇でも、この人々は日常茶飯事的に芸術性を発揮する。みんな子どものときから歌い手であり、踊り手であり、詩人であり、絵描きであるようにそだっていくのだ。
現代の私たちにとり、芸術の才能とは運よく素養を持って生まれた人が努力を重ねて習得する特殊技能だ。そして成功すると「芸術家」としてスポットライトを浴びる。いったいいつから私たちはこのように、本来は誰でもが持っている、心で感じたり表現したりする能力を「才能」と呼ぶようになり、才能が「ある人」と「才能がない人」に分かれてしまったのであろうか。世の中が便利になった分、私たちの感性が退化してしまった気がする・・・と書いてあってはっとしました。






 

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2018年3月 8日 (木)

『獄中記』佐藤優著

何故筆者が512日間も獄につながれていたのか?内容を全然知らないで来ていました。
それは国後島ディーゼル発電機供与事業に関して、積算価格を三井物産に漏洩するという行為に、直接、もしくは間接に関与したこと。
もう1件はテルアビブ大学主催国際学会への日本人学者などの派遣、ゴロデッキ―大学教授夫妻の訪日招聘に支援委員会の資金を支出したこと。つまり背任・偽計業務妨害という微罪容疑だ。これらに筆者は一切関与してなく、外務省の組織決定に従ったと。
佐藤氏は国策捜査の主要ターゲットではなかった。鈴木宗男氏が標的で、そこに行き着くために佐藤氏を捕まえることが必要だった。そして鈴木氏と佐藤氏が絡む刑事事件を作ることによって、従来の政官関係を断罪するというのが東京地検特捜部の策略だったと見た。
鈴木宗男氏は1991年のリトアニア訪問で杉原千畝の名誉回復に貢献した人だったことを知った。

小菅刑務所で著者は検察や東京拘置所に対しておもねるつもりはないが、皆仕事熱心で、公益に対するそれなりの信念をもっており、人間として尊敬できる人立ちだと書いている。看守たちも囚人心理の洞察に優れ、人間的優しさを持った好感を持てる人々であったと言っている。

512日間、公判など裁判の準備がそれこそ多いわけだが、著者の勉強、読書の内容には仰天の何物でもない。

この方は同志社大学院神学研究科を出、イギリスとロシアの大使館に勤務後、外務省の首席分析官として活躍。クリスチャン。
獄舎では1回に持ち込める本の数も数冊に制限されるが、最初はラテン語、ドイツ語、広辞苑の勉強から始まり、専門の域でしょうが哲学、聖書関係の書が多い。
マルクスは言うに及ばず、ヘーゲル、ユンゲル、ハーバーマス、ミル、ディルタイ、フロイト、チャーダーエフ等々きりがないのでやめておきますが、凄い著書を原書でも読んでいる。
ロシアのセルゲイ・アルチューノフ教授は40ヶ国語ができ最初に勉強したのは日本語やアイヌ語で日本に留学し、博士号を取り、世界の食文化、北方少数民族研究、コーカサス研究に打ち込む歩く百科事典でロシアやアメリカの大学教授でもある・・・というようなすごい人の話がたくさん出てくる。
日本人では『太平記」など他、多川俊映、高崎直道、武村牧男、横山紘一などなど、私が今後絶対に読まないような難解な本を次々読みこなしていく。

ある日の監獄の食事・夕食 ビーフカレー、シーフードサラダ(イカ、エビ、グリーンアスパラ)、福神漬、ヨーグルトドリンク。
元旦のメニュー 朝食:白米飯、大根味噌汁、イカ塩辛、芋きんとん
        昼食:餅、雑煮、焼きそば、メロン、牛乳
        夕食:白米飯、ビフテキ、コーン・人参・グリーンピース、タラコスパゲッティ、ベーコンクリームシチュウ、カフェオーレ
そして元旦の配給品 
 〇紅白まんじゅう
 〇折詰 カニクリームコロッケ、鶏唐揚げ、ミカン・パイン・チェリーの缶詰、野沢菜と大根の漬物、シイタケ煮付、竹の子煮付け、昆布煮付、豚肉角煮、塩鮭、ボタンエビ、数の子、羊羹、酢だこ、昆布佃煮、だてまき、紅白蒲鉾、豆きんとん、黒豆。
我が家よりずっと凄いではないですか!
そして2年目には空調の効いた独房だったので快適だったとか。1年目の夏暑く冬寒さに奮えていたのとは別天地。

佐藤氏は今次々本を出版されているが、獄中に60余冊のノートも取って勉強したことも反映されているようである。2002年5月から2003年10月までの拘留は自身の人生に有意義な時間をくれたようなことも書いている。獄中はとても居心地よく、もっと居たかったくらいだと。

またこの人の強さを知った1冊でもあった。紹介に寄れば、接見禁止のカフカ的不条理の中、外交官としての死を受け入れ、神との対話を続けながら世捨て人にならず、人を恨まず、嫉妬せず、裏切らず、責任転嫁せず、転向もせず、人間としての尊厳を保ちながら、国家公務員として国益の最大化をはかるにはいかにすべきか?この難題を哲学的ともいうべき問いに取り組んだ獄中ノートだ。

           最初出る葉が黄色い「カネノナルキ」を見ました
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2018年2月11日 (日)

『世界探検史』長澤和俊著

P1120501_300x450長澤教授には、1986年に早稲田のエクステンションセンターに初めて登録し、その頃NHKの「シルクロード」の番組にのめり込み、たくさん本も買っていた(全部処分してしまったのは早まったか)ので、最初に受講してお会いしました。すでにあの辺りをたくさん探検されてその豊富な体験のお話もなかなかに面白かった。クンジュラブ峠(4700m)では高山病の一種でしょうか、鼻血ぶーだったとか、酷い大揺れ小型機体験などのお話が記憶にあります。豪放磊落の方とお見受けしました。教授と一緒のシルクロードの旅に参加できなかったのが残念でした。
この本は1969年に上梓されているので受講していた時にはあったわけで全然知らず、今年講談社学術文庫で刊行されたので本屋で見かけて購入しました。

探検として私が認識しているのは香辛料を求めてスエズとパナマ運河のない時代、大航海時代が始まったことや、マルコポーロに始まるシルクロード、チベットやヒマラヤ探検、アフリカ探検、そして北極や南極探検などでした。
実は探検って年表に寄れば、前7世紀アリステアスのスキタイ地方探検に始まりそれが次第にあらゆる大陸、島にまでおよび、20世紀に入ってからは近代的な科学装備により、未踏の高峰や深海、各大陸の極奥部の探検もなされ、地理的探検の時代はここに終わった。しかし残るは航空写真も進歩したものの、地名もわからず内容もほとんど知られていないのでこうした地域の実態を探検することが残された課題のようです。
アメリカ、アジア、太平洋、アフリカ、極地のたくさんの探検が網羅されているけれども北極、南極、オーストラリア乾燥地帯、アフリカ奥地など、もうそこで死ぬような苦労をしながら探検をし、実際にクック、マゼランなどはじめ多くの探検家が客死している。それでも探検家は跡を絶たない。現在は探検家とは少し意味を異にする冒険家が多くなっている。
日本では、江戸時代にジョン・万次郎の漁船で漂流してしまったような数々の漂流、そして植村直己、女性で世界初七大陸最高峰登頂の田部井淳子、単独無寄港世界一周航海の今給黎教子などたくさん知られているが、この本の中には中央アジアやチベットなどへ足を運んだ、大谷探検隊や河口慧海などが記されています。

というわけで本の中で、飛行機や車や列車のなかった時代の世界中の凄いところを、死にそうな気持になって探検して参りました。

下の方にちょろちょろと緑の葉もあるけれど、シロタエギクのように葉が白くなっているこの木、葉の色をこれから通るたびに観察したい。と言っても何の木だかわからないと面白味が半減します。   トウヒ属のコロラドトウヒとのことです。多摩NTの住人さま、有難うございました。
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2018年1月22日 (月)

『息子が殺人犯になった』 ス-・クレボルド著

『息子が殺人犯になった』ス-・クレボルド著 仁木めぐみ訳
コロンバイン高校銃乱射事件・加害生徒の母の告白

1999年4月20日コロンビア州デンバーのコロンバイン高校で、同校の生徒、エリック・ハリスとディラン・クレボルトが生徒12人と教師1人を殺し、24人を負傷させたあと自殺した史上最悪の学校銃乱射事件があった。それは未成年2人によるあまりに残虐な犯行だった。
アメリカのごく普通の家庭で育った兄弟。著者はディランの母として、妻として、女性として、教育関係者として優等生的人生を送ってきた人だ。
それがこの日に突然破壊され、絶望の淵に突き落とされ、殺人犯の家族としていきなり社会にさらされ、責められ、自身も息子を失い、価値観のすべてを壊された著者が、嘆き悲しんだ末、自分を取り戻し、世界の人に向けてすべてのことを発信する本を書いたのだ。著者紹介によると、事件直後から家族の生活の細部まで振り返り、原因を追究してきた。その過程で、精神衛生と暴力の関連性について理解を深めながら、現在は自殺を防止する活動に奔走しているというのである。

事件が起こって間もなく、職場に電話が入り、帰宅するも、警官とマスコミとヘリコプターがいっぱいで、家の中に入れてもらえず、ずっと夜まで外に立たされ、その後はとりあえずの品物だけの持ち出しが許され、ホテルへと思っても、野次馬とマスコミに晒されることで、行き場所がない。密かに夫の姉の家の地下室に数日かくまってもらうところから始まる。
最初何も知らされず、どうやら息子が犯人らしいということで、テレビを見ることも出来なくなってしまう。何も食べられず、眠れず、嵐のような、被害者や世間の人々の犯人の親に対する憎しみに対面して行かねばならない。
そんなに普段から家族の一員として格別悪い子ではなかったし、「私の育て方は間違っていなかった」と思い、とても大量殺人をする子に思えなかった。
しかし人々は言う「いい親なら、子どもがなにをしようとしているか、ちゃんとわかるはず」と。
著者が想像を絶する非難を浴び、喪失し、加害責任を引き受けていく過程が凄い。それでもわが子を否定しきれない葛藤が続く。結論は親の知らない面で、子どもは精神的に病み、自殺願望が高まっていて、友人のエリックの銃乱射に加担する残忍な方法で自殺するという、救われない自殺の仕方だった。
事件後すっかり体が弱ってしまったが、2か月後に職場に復帰するように親切な上司や同僚に言われ、ふらふらしながら、職務はまだ果たせないけれども、外に出て行ったことが凄い。
ストレスの胃腸炎で、トイレがすぐそばにない所では働けなかったという。
たくさんの裁判を起こされ、また莫大な弁護士費用で、やがて土地も家も失い、そして夫とだんだん思いが通わなくなって事件度10数年経ってから別の道を歩み始めたという。
約400頁にわたる克明な記録が事件から15年以上も経って上梓された。
毎日起こる事件で、同情できない犯人を見聞し、親が悪い、家庭が悪い、社会が悪いとそこだけに結論を持って行きがちだけれども、そんなものではないということもわかった、いささか気分が落ち込む内容でもあったが、著者は自殺願望の人を防止する活動をしているし、物凄い19年を送ってきたし、よくここまで生きて来られたなあと感嘆したのです。この人だけではない。世界にはこんな思いをしている人がたくさんいるのでしょう。状況によっていろいろ異なるも、1つの事件の内外両面からの克明な記録として私の心に深く焼きついた本でした。

今年も、ロウバイにたくさん出来た蕾をヒヨドリに全部食べられてしまいました。少し残っている万両よりは美味しいのですね。
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