2017年2月19日 (日)

たくさんの肩書の人:戸井十月

『戸井十月全仕事』「シャコタン・ブギ」~「五大陸走破」まで世界を駆け抜けた作家の記録 862頁
戸井十月(といじゅうがつ)氏の肩書が長い。十月という名前も珍しい。バイクレーサーというイメージの人だけど。
さて、肩書:作家、イラストレーター、フリーライター、レポーター、司会、コメンテーター、ルポライター、俳優、旅人、バイクレーサー、映画監督、映像ディレクター、演出家、漫画原作者、翻訳家、脚本家、童話作家、カメラマン、プロデューサー、インタビュアー、そして世界五大陸をバイクで走破した冒険家。
全部で21の肩書。凄いというほかない。以前資格マニアの話題を挙げましたが、それとは違って、実際にこれだけのことを64年の生涯に成しえたことに驚きを禁じ得ない。

自分を考えたら退職するまで1つ、そして今までずっと続いている中途半端な主婦、何のとりえもない無職という肩書。年なのでそれでもまあーいいか(ノ_-;)ハア…。今更頑張れない。ただ病気を作っては医療費が時にははみ出しているのは申し訳ないけれど。

話を前に戻して、戸井十月氏の数々の仕事では、インタビュアーの才能がずば抜けていると思う。自分の父親に当たる年齢の人、「小野田寛郎」「植木等」「水木しげる」「堀文子」「金子兜太」など、あるいは重い口を上手に開かせる、本当の心の内を語らせるその能力が凄いと感心させられた。
そして五大陸走破の内訳話風の内容はただただ凄いというしかない。
家族、多くの友人に恵まれたということは、これがまた一つの才能です。こんな人が存在していて、そして癌で散って逝ってしまった。その人生最後の旅こそ戸井氏の「今までで一番すごい冒険をしてしまった」ということなのです。

      ~●~●~●~●~●~●~●~●~●~●~●~●~

文旦がたくさん届いたので、今年は小さいのを木に刺したら、ヒヨドリだけが美味しそうに毎日やってきます。つがいで1日1個をすぐ完食です。
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     文旦マーマレードはほろ苦くパンやクラッカーに載せると美味しい
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            子どもが寄るときだけは三菜ではありません
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浅草のおこしを送ってもらいましたが様変わりです。ネーミングも違い昔よりやわらかい。
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2017年1月26日 (木)

平岩弓枝著『はやぶさ新八御用旅(二)中仙道六十九次』

昨年文化勲章を受章した平岩弓枝さん、『御宿かわせみ』をテレビでちらちら見ていましたが、本は読んだことがありません。
この本は「はやぶさ新八」の新シリーズで、その(一)は東海道五十三次でその(三)は日光例幣使道の殺人です。
大山街道が終わったら、日光街道のとりあえず都内だけでもという話がありますが、その後、私の強い希望は中山道です。東海道を殆ど一人で歩いてしまった、今の大山街道のリーダーさんが連れて行ってくださるかしら。この本もリーダーさんが貸してしてくださったのです。
この街道は峠も多く登山が楽しめそうで、しかしながら上州、信州、木曽、美濃、近江と美しい自然や山々が望めそうです。
平岩弓枝さんはこの道中をちゃんと歩いていらっしゃるのでしょうね。京都から始まって江戸へと、新八と道中一緒の人たちが遭遇する事件を解決しつつ、江戸時代の宿場や街道の様子がずっと綴られていきます。
行ったり通った所もあります。石山寺、琵琶湖、伊吹山、関ケ原、各務原、犬山、木曽の馬籠・妻籠、上松、福島、塩尻、下諏訪、望月、追分、軽井沢、松井田、安中、そして高崎から埼玉県内と。小説と中山道紀行が同時に楽しめて面白かったです。

※本は「中仙道」になっていましたので題名だけ書き直しました。今は中山道がふつうに使われます。

今日の散歩から

           お寺のカンアオイの花芽がたくさん出ていました460x345
                 ジンチョウゲも蕾が一杯460x345_2
             午後3時49分でもスカイツリーが見えました460x452
                      公園の池460x345_3
                       ユリノキ460x345_4
                 オオカナメメモチと赤い新芽345x460
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                     ミモザの蕾460x390
              河津桜が一輪だけ咲き始めていました460x345_6
                 白梅が満開で良い香りです460x345_7
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1昨日白内障の手術を受け昨日眼帯が取れたら、まあ、景色の明るいこと!白黒が鮮明で色がとてもきれいです。0.1の視力が1.2に回復し、老眼になる前1.2だった時こんな明るい世界の中にいたのだと信じられないくらいです。
でも、鏡で顔を見たらもうびっくり仰天。シミ、そばかす、皺が凄い。まともに見ていられません。
来週は左目ですが、1.2になるかはわかりませんが、読書に老眼鏡をかけるだけです。1ヶ月くらいおとなしくしていれば美しい春の花々が迎えてくれると思うと胸が弾みます。

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2016年11月30日 (水)

『おまつり万歳』たかぎなおこ著

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『150㎝ライフ』でデビューし、ひとりぐらしシリーズ、様々な体験旅行やマラソンチャレンジ旅などで笑わせてくれた著者もとうとう結婚して、今度は全国のお祭りに出かけて行った。
「帯に絶景のお祭り、伝統の祭り、かわいい祭り、踊りまくりのお祭り。春夏秋冬、近所のお祭りから旅先でのお祭りまで」とあり、11のお祭りに行って良く食べ飲むたかぎさんです。
日本の祭り一覧を調べたら740近くあり、多い所が関東、中部。多い県は千葉県や富山県。1つしか紹介されてないのが徳島県、高知県。

著者が行ったのは
 小原四季桜まつり(愛知県豊田市小原町)
 ふるさと祭り東京(文京区)
●弘前さくらまつり(青森県弘前市)
●初午まつり火伏せの虎舞(宮城県加美町)
●大四日市まつり(三重県四日市市) 
 柳井金魚ちょうちんまつり(山口県柳井市)
 盆踊り大会(全国)
●龍勢まつり(埼玉県秩父市)
 鬼鎮神社の節分祭(埼玉県嵐山町)
 犬っこまつり(秋田県湯沢町)
 横手の雪まつり(秋田県横手市)

●印が一覧に載っていた祭りで、著者が行った祭りの約三分の一に過ぎない。小さなお祭りまで併せたら日本には数倍もあるに違いない。
以前ドイツ旅行で一緒になった男性が日本のお祭りを追いかけて数十年、50歳を過ぎたけれど、会社の合間なのでまだまだだと、祭り気違いぶりを披露していましたっけ。
ちなみに私は「札幌雪まつり」や「おわら風の盆」「平塚七夕」などたった6つしか行ったことがない。

それにしてもたかぎなおこさんの好奇心旺盛な事、引っ込み思案風でありながら何でも首を突っ込んで、どんどん実行に移してしてしまうことが凄い。
こんな細かい漫画を描くという作業もとても大変でしょう。
次はどんなことをし、どんな所へ行くのかなど興味深く、あと5年、長くて10年でしょうが、ずっとこの方を追っていきたい感じ。

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2016年11月10日 (木)

ヨシダナギ著 『ヨシダ、裸でアフリカをゆく』

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幼少期からアフリカ人への強烈な憧れを持っていて、「大きくなったら自分もアフリカ人のような姿になれる」と信じていた著者。それも10歳の時にあなたは日本人だと両親から突きつけられて挫折する。
ところが独学で写真を学び、2009年からアフリカ16ヶ国で少数部族を撮り続け、遂に自分も同じに裸になって、子どもの頃の夢を実現してしまった。
ぞれも実は彼女たちと同じ姿になることで初めて心を開いてもらって、写真も撮らせてもらって友達になれたということだ。
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先日読んだハワード・W・フレンチ『中国第二の大陸 アフリカ ~100万の移民が築く新たな帝国~』でなかなかに大変なアフリカで中国人が果敢にも乗り込んで多くは苦労の末、財政的にも成功しどんどん本国から呼び寄せる。中国政府もアフリカ各国にインフラ整備など飴をぶらつかせ、十数年後にアフリカの資源を殆ど食いつぶすが、アフターケアーなし。アフリカ諸国の人民はそんなことはほとんど知らず、知っている国家元首らは自分の利益になれば将来には目をつぶる、という構図が見えた書なのです。この本でとにかくアフリカ人を相手にすることは実に困難極まることであるし、まして生活するなんて。それを逃げ帰りもせずに相手にする中国人には、ますます圧倒された。
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で、ヨシダナギさんが、これがまた毛色の変わった人、実に奇怪な面白い人だ。
何でも学校には途中から行かず、人と話すことが苦手、お付き合いも苦手という人が、英語が全く話せなかったのに、ガイドを雇って奥地の少数部族の地に足を運んで写真を撮らせてもらうのである。
良いガイドあり。どうにも手に負えないガイドあり。だます。脅す。ねだる。無責任。いろいろな試練に耐えかねてナギさんは大泣きする。するとアフリカ人は女が泣くことに弱いことを発見。
アフリカ人は仕事が欲しいと言って仕事を与えても、真面目にしない。すぐ放り投げてしまう。なんで6時間も8時間も働かなければいけないのと逆切れされるそうだ。
ホテルと言えども野宿。ゴキブリが140匹の所に寝たり、初のエアコンは赤い泥とイグアナが飛び出る。
食べ物と言えば、蚊が入っているのや砂ジャリジャリのクスクス、泥水で入れた紅茶を飲まされる。ガイド曰く「濁っても同じ水だぜ!?何か問題が起きたとしても、腹を壊す程度だろ?そんなのトイレに行く回数が増えるだけだからあんま気にすんな」ですって。
お金をたかる子供たちにないと言うと、その中の一人にかえって同情されて、主食しかない貧しい家に食べに来てと招かれる。このような話をよく聞くけれど本当にあるのです。
これでもか、これでもかと起こるハプニングにもめげず、また翌年アフリカへと出かけていく。
そして少数部族の人と同じ裸になって腰蓑を付けることによって打ち解け、写真を撮らせてもらうのである。まさに郷に入っては郷に従えだ。
子どもの頃からずっと思い続けていたアフリカ人のような姿になれた瞬間。これがナギさんの最高の至福のひと時だったのだ。
写真に映る、アフリカの空に原色の服装、黒い美しい肌、子どもたちの様々な顔、どの1枚もなんて素晴らしいのでしょう。また違うアフリカを発見できる。
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2016年10月 9日 (日)

『ホセ・ムヒカの言葉』佐藤美由紀著

            茅ヶ崎で初めて見た白花のルコウソウです

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『世界で最も貧しい大統領 ホセ・ムヒカの言葉』
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ホセ・ムヒカとは南米ウルグアイの第40代大統領で、2012年のリオ会議で「もっとも衝撃的なスピーチ」をした人だ。ウルグアイは日本の半分の土地に300万人が暮らす。
<豊かさとは何か><前世で大切なこと>などホセ・ムヒカの言葉で語られた1冊がこの書。

そのスピーチはどこの国もきれい事[持続可能な発展と世界の貧困をなくすこと]を語っているが、その本音は現在の裕福な国々の発展と消費モデルを真似すること。
全世界の人がこうなるには、この地球1個では足りないということ。環境危機でなく政治的危機問題なのだ。
私たちは発展するために生まれてきたのではなく、幸せになるために地球にやってきた。
その発展とは、愛を育むこと、人間関係を築くこと、子どもを育てること、友達を持つこと、そして必要最低限のものを持つこと。
貧乏な人とは、少ししか物を持っていない人ではなく、無限の欲があり、いくらあっても満足しない人のことだ。

<私は貧乏ではない。質素なだけです>と語る大統領は
水道のない倒れそうな3部屋だけの農場に住み、131万円の給料のうち、約90%は慈善事業と所属する政党に寄付する。残りは将来自分の農園に貧しい子どもたちを受け入れる農業学校をつくるために貯金する。暮らしは上院議員の妻の収入で暮らしている。その生活費は月に1000ドル。大統領官邸に住まず、大統領専用車を使わず、いつも愛車だ。海外出張はエコノミークラス、または他国の大統領専用機に便乗だそうだ。
連日の都議、国会、地方の県議、市議、無駄遣い国家日本、借金ばかり増やす、これらの面々に、大統領の爪の垢を煎じて飲んでもらいたいものだ。
この言葉もいいですね。<お金があまりに好きな人たちは、政治の世界から出て行ってもらう必要があります>

若い頃、都市ゲリラ・左派の過激な武装グループ「トゥパマロス」に参加し、結果、13年間の獄中生活を送る。
言いようのない孤独と、自分がいつ発狂するのではないかという恐怖から破壊寸前だった精神も8年目に読書を許され、死の次に恐ろしい孤独から開放され、人生においての限度を知り、どんな小さなことでも有難味を持つようになったと言います。
1935年生まれ。1995年から下院議員。2005年農牧大臣として初入閣。2010年~2015年まで大統領。5年任期を満了して大統領を退任。一国会議員に戻って現在に至る。

獄中で得られた数々の哲学がたくさん言葉となって散りばめられた1冊です。

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2016年9月 8日 (木)

『眩』朝井まかて著

『眩』(くらら)朝井まかて著 新聞に末國善己の書評が出ていたので読んでみた。

北斎の娘で<江戸のレンブラント>と呼ばれた天才女絵師・葛飾応為(お栄)の全身を絵に投じた生涯。
太田美術館の「吉原格子先之図」とボストン美術館の「三曲合奏図」を最近見た。
著者は北斎の逸話や当時の画壇の動向を丹念に掘り起こしたそうで、小説ではあるが、お栄さんの逸話をいくつか聞いていたので、全くその通りの人となりが描かれ、しかも思ったより女らしさ、優しさで父親を尊敬し、理解し助けて、父母を看取るのである。
父親譲りの画才と、ものに頓着しない男のような性格。家事が苦手、お洒落にも興味なく、22歳の時に結婚したが、結婚生活より絵を選び、飛び出して父親の下に帰って、絵師という仕事に生きることを選ぶ。
遠近・陰影をつける西洋画の研究したり、美しい色が出る絵具の材料を探して作ったりする。
父の工房では渓斎英泉(善次郎)への密やかな恋に悩み、北斎と一緒に生涯、悪事を働く甥に苦労させられながらも自分らしい絵を模索していく。上の数少ない絵はこうして生まれたものなのです。北斎の絵にかなり彼女の手が入っているものもあるという。
まるで現代の女性のようで共感が得られる。強い女性だった。

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NHKの「グレートネイチャー」は行ったことがなく、取材班しか行かれない世界の絶景を紹介している。
今回はカナダの北極圏の大きな島・バフィン島の奥、行くのに数日もかかる絶景が紹介された。1000mの高さの頂上が真っ平らの岩山に痺れました。
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あんな寒い所にも一瞬お花畑が出現する。これはまるで日本アルプスの夏のようです。
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2016年8月18日 (木)

『フランス人は10着しか服を持たない』ジェニファー・L・スコット著

副題は[パリで学んだ”暮らしの質”を高める秘訣]  著者が半年間パリに留学しホストファミリーから学んだ話です。
その内容は<食事> <ワードローブと身だしなみ> <シックに暮らす>

ワードローブの意味: 衣装ダンス、衣裳部屋の意味。 衣装ダンスから派生してその人の持っている衣装または衣装の組み合わせのことを言う。 ファッションスタイルを完成させるために必要なアイテムを指す場合もあり、コレクションやコーディネートを完成させる衣服の数々、という意味で使用されることがある。

フランス人って世界一お洒落で着ている服が誰を見ても似合っているのですね。
フランスを旅行した時、まず半月も運転して下さったドライバー氏のお洒落なこと、ずっと感動の目で見ていました。
コルシカ島の高齢のガイドさんも素晴らしい服装でした。観光業に携わる人だけでなく、現地の買い物客や路地裏から出てくる方たちもお洒落。
そんな素敵なフランス人のみんながみんな、10着しか服を持ってないなんて信じられないし、おそらく本を書くための言葉の綾なんて言うのもあるのではないかと疑ったのだが、貴族の末裔のホストファミリー家と他の友人たちの留学生宅の家もそうだったのだ。

ただし半年分(暖かい時と寒いときは別で20着)
この10着には上着類(コート、ジャケット、ブレザーなど)やドレス類(カクテルドレス、イブニングドレス、昼用ドレス)やアクセサリー(スカーフ、手袋、帽子、ストールなど)や靴や、アンダーシャツ(Tシャツ、タンクトップ、キャミソールなど重ね着するものやセーターやブレザーの下に着るもの)は含まない。

ホストファミリーのマダムの冬用:ウールのスカート3~4着、カシミヤのセーター4枚、シルクのブラース3枚。
ムシュー:グレーのスーツ2着、紺のスーツ1着、セーター2~3枚、シャツ4枚、ネクタイ2~3本
息子さん:同じような感じ。ただ普段はもっぱらシャツやセーター、たまにジーンズ。彼らは同じ服をしょっちゅう繰り返し着ていた。

著者のアメリカ人もそうだが、振り返って日本人も実に着る物をたくさん持っている。アメリカも日本も同じ服を1週間に2回着るのはちょっと恥ずかしいし、ましてや3回なんてとんでもないと思っている。フランスではみんな、同じ服を繰り返し着、それも悪びれた様子もなく、堂々と。フランス映画もそう。アメリカ映画ではヒロインが目まぐるしいほどに次々に新しい服を着て登場するが、フランス映画では同じ服を着ているのを2回は目にするし、ある映画では全篇通してたった3着だそうだ。
だから服が少ない理由というか、少なくして簡潔に過ごすには、
服が質が良く、気に入っていて、似合っていて、よく着ているかで判断して決めればよさそう。
何年も着なくて、質も悪く、色も全然似合っていなくて、形や恰好が悪ければ、捨ててもいい。そうすると10着は無理だけれどもかなりすっきりしそうだ。
日本人の持っている気質はフランス人と全然違うのでそっくり真似は出来なくて、全1冊殆ど参考にならないけれも、「暮らしの質を良くする」はとても重要で大切と思う。
あまりにすごい「タイトル」なのでこの本の2冊目を図書館で予約したのが36人待ちだけれども、キャンセルしないで一応また楽しみに待ちたい。<今の家でもシックに暮らす方法>とか<毎日を特別な日のように過ごす>だそうです。

以前勤めていた時のスーツやコート類は殆ど捨てたのに、その後は殆ど自分では洋服を買っていなくて、娘から誕生日と母の日と外国土産の服が増えただけ。
フランスのマダムに相当するしっかりした洋服は買っていない。それ以下の普段着ばかりまだまだいっぱいある。今回いい機会なのでたくさん処分したのでした。年齢も考えないで10年も20年も前の似合わないのを着ていたのよ ウーン (Θ_Θ;)

        今朝採った初物のゴーヤ(これは白っぽい種類)。.29,5cm。
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全部で10本を2ヵ所に植えたので、2階まで上がると部屋の中が少々うす暗くなりますが、ちょっとは涼しい気がします。室温は昨日の猛暑日で33℃で冷房を入れました。昼間冷房を入れたのはまだ今年は3回だけです。
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2016年8月 4日 (木)

和田博著『海の上の世界地図』

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19世紀後半から20世紀前半の日本人がヨーロッパに赴く主なルートは欧州航路とシベリア鉄道とアメリカ経由のコースである。
このうち日本人の世界認識に大きな影響を与えたのが欧州航路だ。シベリア鉄道と言うと与謝野晶子が鉄幹を追いかけていったその情熱が苦しい旅を打ち消してしまった。
欧州までは12,3時間あれば到着し、その夜はホテルに寝ることが出来るという現代だが、船では3,4カ月もかかって、しかも嵐にあったり、3等船室の人は地獄の苦しみを味わって出かけていったのだ。鎖国の江戸時代から一転して明治に入り、船を借りることから始まり、外国で造ってもらい、やがて造船技術を獲得し、船員を外国風に養成し、問題のスエズを通りながら人材や資源の輸送をする。そこには全く航海時代を経験していない日本の海運業の困難さがにじみ出る。そして日清、日露、第一次、第二次世界大戦の真っただ中を船は進み続ける。
日本史や国語の教科書に出てくるような人が随分大勢渡欧していることに驚く。維新の頃の福沢諭吉や勝海舟や薩摩長州、朝廷、明治政府の元勲までその数は多い。
その後アジアへの移民も運び続ける。
夏目漱石や森鴎外の渡欧はあまりに有名。
鎌倉東慶寺の住職・釈宗演は各国を巡遊しセイロンで修業を積み、円覚寺派管長に就任しているが、夏目漱石が「神経衰弱」に罹り、円覚寺を訪ねて釈の下で参禅した。この体験が『門』に織り込まれているのだ。
その他作家には高浜虚子が横光利一と船内で句会を催して余裕の航海だったのに比し、武者小路実篤などはアジアを離れると私の本を知っている人はないと嘆き寂しき航海となっていたようだ。
野上弥生子夫妻などは他の人と違ってエジプトに下りて10日くらい見学、その他エーゲ海の島々を楽しむ。最初貧しかった林芙美子まで洋行している。
画家は明治以降多くパリ留学しているが、音楽家もどんどん留学を始める。
そして萩須高徳と藤田嗣治は戦争時帰国したが、戦後フランスに行って、遂に日本には帰らなかった。
船舶と国策、様々な困難が横たわった世界でもあった。知っている人々しか私の頭には入ってこなかったけれども、欧州航路紀行史は複雑な地誌、政治、歴史などを航路を通して教えてくれた。

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昨日病院へ。昨年来激やせで食べても体重は全然増えず、肋骨が浮き出ているのと、皺が至る所に100歳のごとく出てしまって、これはおかしいと通い始めた病院でした。
お陰様で逆流性食道炎はきれいに治っていました。画像で確認できました。先生がいろいろ説明していたらしい中で、麻酔の効いた頭でそこだけが聞こえたわけです。1年間の投薬治療でまさか治るとは思っても見なかったので、これから外食もいろいろできると思うと本当に嬉しい。ポリープは30ヶ所もあるというのには驚いたけれども良性で心配なしとのこと。
皆さんに大丈夫だと励ましていただいたことを感謝したします。
まあ、遺伝、体質、一時的な物か、あるいは1年間油気のない食事をしたせいか、もう肉がつかないかもしれないけれども、どこも悪くないことが判明したので、また元気を出していきたいものです。

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2016年6月30日 (木)

「暮しの手帖創始者 大橋鎭子さんのこと」:雑大にて

講師は加川厚子さん、暮しの手帖社に40年近く勤めて大橋鎭子さんをずっと間近に見つめてきた人。写真や本などいろいろな資料を持ってきてくださった。
NHKの朝ドラ「トト姉ちゃん」のモデルは大橋鎭子さんです。
NHKではモデルというのでなく「モチーフ」と言っているのだそうだ。だから今までの所かなり違う内容になっていることがわかった。

10歳のとき父親を結核でなくした鎭子は、母と2人の妹を幸せにするために「戦争が終わったら、何か儲かる仕事をしたい」と防空壕の中で考えた。
「自分は戦争中で、勉強も家事も知らないで大人になってしまったから、自分が知らないことがわかる本を出したら、自分の年の前後5年ぐらいの人が買ってくれるのではないか」と勤めていた読書新聞の編集長にしたら「とても知恵のある人がいる」と花森安治を紹介してくれた。(最初の就職は日本興業銀行で退職後日本女子大学校家政科Ⅱ類に入学するが退学。そして読書新聞に勤務)
1946年、最初の雑誌が「スタイルブック」。見せていただいたら花森安治の絵が上手い。売れたけれども、真似する雑誌が現れ、やめることに。
衣食住と随筆を多く入れた『暮しの手帖』誕生だ。
アメリカ視察をきっかけに「ふきんの研究」をしたり、ナス・ステンレスとの共同研究により、流し「シルバークィーン」を発売。
暮しの手帖Ⅱ世紀から「すてきなあなたに」が始まる。後にどんどん単行本になる。『スポック博士の育児書』も会社で翻訳して上梓する。「吉兆味ばなし」や「藤城清治さんの影絵」など記憶に残る。数々の商品実検は私も随分参考にさせていただいた。
1920年生まれで、2013年93歳で肺炎のため自宅で永眠。

花森安治と百万部の雑誌にまで伸ばした奮闘の物語、本当の大橋鎭子についてたくさんの逸話を語ってくださって興味深かったです。
責任感が強く、感が鋭い。人が困っているときには、その気持になってすぐ世話をする。
大橋家は鎭子さんの母親、鎭子、妹晴子(次女)夫妻と2人の子供、妹芳子(三女)の大所帯だが、いつも知らない困っている人がいたそうだ。ちなみに芳子さんは花森安治の秘書の役もし、雑誌編集に携わり、晴子さんの御主人が会社の経理、鎭子さんと芳子さんは独身を通す。花森安治亡き後、鎭子さんは家族まで含めると150~200人の生活を全て自分の方に担って、社長と編集長を兼ねる。
行動力もあり、足も強くて、社長の車は殆ど使わなかった。趣味は仕事の他、親友の石井好子のシャンソン、宝塚、映画、銀ブラだったそうだ。
そうそう、本の中の料理に添えられる手は鎭子さんの手。あまり汚い手では撮影に耐えられないと、家事は一切しなくて晴子さんに全部やってもらったとのことでした。
その後の暮らしの手帖社の社長は、晴子さんの息子の嫁、娘の婿がやっているとか。

             近所のインドハマユウもそろそろ終わりです628i_460x307
                 ムクゲが咲く季節になりました628_460x307
              神社の敷地に毎年なるナワシロイチゴ628_460x307_2

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2016年6月19日 (日)

頭がいい動物ランキング&天才数学者

西洋文化史家でたくさんの美術に関する本を書かれている中野京子先生のブログに「地球上に存在する最も頭がいい動物ランキング・ベスト25選」が載っていました。
http://blog.livedoor.jp/loveai0221/archives/33058054.html
チンパンジーが一番とは思っていましたのはその通りだったのですが、次はカラスかと考えていましたが違いました。2位は豚だそうです。3位バンドウイルカ、4位オウム、5位クジラ、6位が犬で猫は10位でした。カラスは18位で意外。他にも意外なのが利口だったり全然想像できないランキングが楽しめますよ。
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ポール・ホフマン著『放浪の天才数学者エルデシュ』

ハンガリー・ブダペスト生まれのユダヤ人。
1913年生まれで、1996年に亡くなったエルデシュ。わずか3歳にして三桁の数同士の暗算ができ、四歳にして負の数の存在をみずから発見したという数学の神童だった。ユダヤ人であり祖国がハンガリーということで第2次世界大戦前に米国に渡ったが、学会で1954年に出国すると米国から再入国を拒否される(後に許可される)。こうして定住地も家庭も財産も持たず、身の回り品を詰めたスーツケースを携えて25ヶ国以上を飛び回る生活をする。いやはやこれだけでも実に珍しい人です。
485人の共著者と1000本以上の論文を発表し、一日に19時間も問題を解くという生活を送ったのだが、普通の人では考えられない、おかしな奇妙な生活態度であった。しかし仲間に嫌われることなく、愛され続けたのは、愛嬌や機智や反骨精神に富む、豊かな人間性を備えた人だったからだそうだ。
83歳で亡くなった時もセミナー出席中問題を解き終え次の問題に移ろうとしたとき倒れ、病院に運ばれ、午後亡くなった。それこそピンピンコロリだったのです。
何から何まで桁外れの人生、天才的頭脳を持ったがための変わった人生、天才とはかくも数奇な人生を送るものかとただただ驚くばかりの人です。

丁度読んでいるときに、第二次世界大戦中にドイツ最強と言われた暗号であるエニグマを解析した天才数学者アラン・チューリングの数奇な人生を描いた人間ドラマの映画『イミテ―ション・ゲーム エニグマと天才数学者の秘密』を見ました。
数学的天才だった幼少のころから孤立していた彼にとって、チームワークなど必要なく、協調性ゼロの性格が、暗号解読をますます困難なものにしていく。仲間を要らないと言って上層部と喧嘩したり、与えられた仲間を首にしたりする彼の頭は回転するが、解読をますます困難なもににしていく孤独な後姿が哀れだ。現れた女性数学者によって心を開き解読への成功へと導かれるのだが・・・でもその後の人生がこれまたいうに言われぬかわいそうとしか言いようのないもの。

『ビューティフル・マインド』も精神を病んだり国防省の諜報員が接近したり、『博士の愛した数式』などの映画もありましたっけ。博士は認知症になってしまう。

今読んでいる『数学で犯罪を解決する』は高度な数学を駆使して、例えば犯人の居場所を追及していくなど、その数学の内容は全然理解できないけれども、興味深い。

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