2018年6月 7日 (木)

本&神代植物公園温室

最近の読書から

『ウニはすごい ばったもすごい』本川達雄著

『ざんねんないきもの事典』と続編を読んで、この本はウニやばったの面白いことや凄いことが一杯書いてあるのではと飛びついたでしたが・・・。
何気に見ている水族館(海や川)の生物たちから進化した生物、大半が水生物に費やされているが、最後のほんの少し、脊椎動物にきてちょっとわかり、あとは非常に難しく80%は理解できないというお粗末さでありました。
ただ次のことは初めて知ったことです。軟体動物の螺旋に接したら、きっと美しいなあと見入ることになるでしょう。
対数螺旋はデカルト螺旋ともいい、軟体動物の螺旋が巻きながら、巻いている間隔が広がって行くこと。その広がり方が一巻きごとの間隔が、前の巻の増加分に定数をかけたものになっている。つまり、巻の間隔が一定の比率で増加している。
一方蚊取り線香では巻の間隔は増加せず一定で、このような螺旋はアルキメデスの螺旋という。

『誰も知らなかったインドの秘密』パヴァン・K・ヴァルマ著 ますますわからなくなったインド人の思考やパワー。混沌のインドとはよく言ったものだ。

『職人を泣かせて建てた300年住める家』荻原博子著 あの経済に詳しい評論家の荻原さん、そこまでやるかという粘っこさに、もうたまげたというのが実感。

『漁師の肉は腐らない』小泉武夫著 実話の小説か。マタギのような生活のその知恵の面白さよ。


神代植物公園の温室は新装なってから混んでいたりして入っていなかったが4月末に深大寺に行ったときに初めて寄りました。季節がかなり戻ります。
新宿御苑や東京都薬用植物園とはまた一味違っていて好きになりました。たくさん展示されていた中からほんのちょっと。この他いろいろなランやベコニアやスイレンなどのコーナーもあります。
                ピンポンノキ(アオギリ科)
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                火の鳥(日本で作出された)
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                ナンヨウザクラ(トウダイグサ科)
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アリストロキア・サルバドレンシス(ウマノスズクサ科)映画スターウォーズの「ダース・ベーダー」に似た花
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                  ヒスイカズラ(マメ科)
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                 ミッキーマウスの木(オクナ科)
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                 モンキーオーキッド(ラン)
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面白いサボテン

キソウテンガイ ナミビアからアンゴラの砂漠に。葉が2枚で途中で裂けたりし、長さ2m以上、幅1m以上になることもある。雌雄異株。
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                   碧瑠璃鸞鳳玉綴化
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                     恩塚鸞鳳玉
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                      アザラシ
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                    白殊丸綴化
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外ではサクラソウ展をやっていて江戸時代の作出品が出ていました。
シャクヤクの他、バラもちらほら、そしてシャクナゲ園も満開でした。
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2018年5月 3日 (木)

『伊能忠敬を歩いた』佐藤嘉尚著

深大寺釈迦堂の国宝「釈迦如来座像」と同時代(飛鳥時代後期1300年前)の奈良新薬師寺の「香薬師像・御分身」と兵庫鶴林寺の「聖観音像・御分身」の三体をお詣りしてきました。

深大寺に今はナンジャモンジャ(ヒトツバタゴ)の木が2本、そば屋とお寺に咲いています。

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                 トチノキの白花もありました            450x300_3
            キングサリはそば屋の前に咲いています
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池のマガモを見ながらニシンソバをいただく。ソバそのものは美味しいというほどではない。
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            開山堂参詣道に瓦で造った塀がありました
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『伊能忠敬を歩いた』佐藤嘉尚著
1999.1.2~2001.1.1まで約2年かけて5回に分けて北は北海道札幌、南は沖縄まで574日間11030㎞をウォーク隊16人が歩いた。さらに途中などともに参加した人は169446人だったそうだ。
隊員の歩いた様子を見ると、例えば第一ステージは1/25~5/2、98日間、東京から北海道まで太平洋岸を歩き通し、第2ステージ出発5/14まで家に帰って11日間だけ休む。凄いハード。
伊能忠敬一行は第8次(第9次は欠席)測量と最後に74日間にわたって江戸府内測量(第10次)をした。北海道は間宮林蔵に任せた。55歳から亡くなる72歳まで4千万歩を歩いたことになる。シーボルト事件も起こり、あるいはアメリカ艦隊がこの伊能地図で沿岸を調べる必要もなく大喜びしたなど、将軍家斉をして驚かしめた大図(縮尺3万6千分の一)69枚は江戸城大広間を一杯にしたという。
月にたった1、2日で日帰りで4万歩を歩いているだけの身には何ヶ月も泊まって歩くという体験はなく、たとえ若かったとしても出来ない。特に何事にも不便だった江戸時代のこの偉大なる大事業にはただただ頭が下がる。

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 パソコンの調子が悪くなって入院します。暫くパソコンとお別れです。

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2018年3月19日 (月)

『インド人の秘密』パヴァン・K・ヴァルマ著

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シキミ  丁度お彼岸の頃に咲き、仏壇や墓に供えたりする。公園に咲いていました。

暖かくなるまでは家で読書も多く、行き当たりばったり読書です。

『インド人の秘密』パヴァン・K・ヴァルマ著

本の中からちょっと抜粋。
不屈の精神ーいつも最悪を覚悟
普通であれば絶望してしまいそうな環境の中で、希望を見出していることに、本当に驚きます。極貧民でも敗北を認めません。貧困を美化するつもりは一切ありませんが、インド人は平然と、事態が少し悪いくらいでは幸運だ、と最悪を覚悟しているのです。厳しい状況があまりに長く続いたので、不屈の精神が培われたのでしょう。耐久力が身についています。人生に障害はつき物と考え、すぐ落ち込んだりはしません。無頓着に冷静にことを処理していきます。デリーのオートリキシャ(三輪のタクシー)の後ろにこんな標語を見つけました。「起きるときは起きる!」

モンゴル、トルコ、ヨーロッパの支配力とは異なり、領土を拡張する目的で軍による征服をしようとしたことは1度もない。
カースト制度、男尊女卑、インド人の消極性。
一方、どんな悪環境の下でも金儲けに専念できる性格 権力の誇示、ステイタスの重要視、結果が良ければ手段を選ばず、何をやっても正当化、長いものには巻かれろ、人間関係に距離を置く、ごますり・お世辞、妬み、服従心と敵対心、派閥主義、政治家堕落、優れたIT関連頭脳・数学・天文学と占い術、製薬、迷信、汎インド人、インドに住むムスリムとはあまり問題を起さない。

人口13.2億人、混沌とした複雑な内面を持つインドはなかなか理解しがたく、一筋縄ではいきません。



『精霊の民 アボリジニ』白石理恵著 世界人類問題叢書8

ヨーロッパ人は探検家が大変な努力を重ねて、大海や砂漠やジャングルを越えて、訪れたことのない地に到達すると、その地を発見したと表現した。
オーストラリアの場合、アボリジニがその地に誕生あるいは移住してき、昔からそこで社会を形成し、それぞれの宗教や文化や思想を発展させてきた事実を侮り、その民族の業績と能力を無視しようとする。そして既存の海岸沿いの集落を崩壊し殺戮し、あるいは白人の持ってきた伝染病で死亡させ、白人が増えるにしたがって人口を支えられなくなり、さらに襲撃し砂漠の方へ追いやり、害虫と同じ駆除すべき対象とした。そのためアボリジニの文化は壊され、人口は極端に減少し、砂漠地でさらに困窮した生活を強いられたようである。
平均寿命は1993年と古い統計ではあるが、男性は50代、女性は60代と低く、乳幼児死亡率は60%以上と書いてあった。
白豪主義の政策のもと、アボリジニは進化過程が白人のレベルに達していないと信じ、他の人種に対して非人間的な行為を犯し易くなった。その結果、はかり知しれない数のアボリジニーが悲しみと悔しさと怒りに満ちた人生を送った。

アボリジニから驚くことは、芸術の位置づけ。美術も音楽も演劇でも、この人々は日常茶飯事的に芸術性を発揮する。みんな子どものときから歌い手であり、踊り手であり、詩人であり、絵描きであるようにそだっていくのだ。
現代の私たちにとり、芸術の才能とは運よく素養を持って生まれた人が努力を重ねて習得する特殊技能だ。そして成功すると「芸術家」としてスポットライトを浴びる。いったいいつから私たちはこのように、本来は誰でもが持っている、心で感じたり表現したりする能力を「才能」と呼ぶようになり、才能が「ある人」と「才能がない人」に分かれてしまったのであろうか。世の中が便利になった分、私たちの感性が退化してしまった気がする・・・と書いてあってはっとしました。






 

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2018年3月 8日 (木)

『獄中記』佐藤優著

何故筆者が512日間も獄につながれていたのか?内容を全然知らないで来ていました。
それは国後島ディーゼル発電機供与事業に関して、積算価格を三井物産に漏洩するという行為に、直接、もしくは間接に関与したこと。
もう1件はテルアビブ大学主催国際学会への日本人学者などの派遣、ゴロデッキ―大学教授夫妻の訪日招聘に支援委員会の資金を支出したこと。つまり背任・偽計業務妨害という微罪容疑だ。これらに筆者は一切関与してなく、外務省の組織決定に従ったと。
佐藤氏は国策捜査の主要ターゲットではなかった。鈴木宗男氏が標的で、そこに行き着くために佐藤氏を捕まえることが必要だった。そして鈴木氏と佐藤氏が絡む刑事事件を作ることによって、従来の政官関係を断罪するというのが東京地検特捜部の策略だったと見た。
鈴木宗男氏は1991年のリトアニア訪問で杉原千畝の名誉回復に貢献した人だったことを知った。

小菅刑務所で著者は検察や東京拘置所に対しておもねるつもりはないが、皆仕事熱心で、公益に対するそれなりの信念をもっており、人間として尊敬できる人立ちだと書いている。看守たちも囚人心理の洞察に優れ、人間的優しさを持った好感を持てる人々であったと言っている。

512日間、公判など裁判の準備がそれこそ多いわけだが、著者の勉強、読書の内容には仰天の何物でもない。

この方は同志社大学院神学研究科を出、イギリスとロシアの大使館に勤務後、外務省の首席分析官として活躍。クリスチャン。
獄舎では1回に持ち込める本の数も数冊に制限されるが、最初はラテン語、ドイツ語、広辞苑の勉強から始まり、専門の域でしょうが哲学、聖書関係の書が多い。
マルクスは言うに及ばず、ヘーゲル、ユンゲル、ハーバーマス、ミル、ディルタイ、フロイト、チャーダーエフ等々きりがないのでやめておきますが、凄い著書を原書でも読んでいる。
ロシアのセルゲイ・アルチューノフ教授は40ヶ国語ができ最初に勉強したのは日本語やアイヌ語で日本に留学し、博士号を取り、世界の食文化、北方少数民族研究、コーカサス研究に打ち込む歩く百科事典でロシアやアメリカの大学教授でもある・・・というようなすごい人の話がたくさん出てくる。
日本人では『太平記」など他、多川俊映、高崎直道、武村牧男、横山紘一などなど、私が今後絶対に読まないような難解な本を次々読みこなしていく。

ある日の監獄の食事・夕食 ビーフカレー、シーフードサラダ(イカ、エビ、グリーンアスパラ)、福神漬、ヨーグルトドリンク。
元旦のメニュー 朝食:白米飯、大根味噌汁、イカ塩辛、芋きんとん
        昼食:餅、雑煮、焼きそば、メロン、牛乳
        夕食:白米飯、ビフテキ、コーン・人参・グリーンピース、タラコスパゲッティ、ベーコンクリームシチュウ、カフェオーレ
そして元旦の配給品 
 〇紅白まんじゅう
 〇折詰 カニクリームコロッケ、鶏唐揚げ、ミカン・パイン・チェリーの缶詰、野沢菜と大根の漬物、シイタケ煮付、竹の子煮付け、昆布煮付、豚肉角煮、塩鮭、ボタンエビ、数の子、羊羹、酢だこ、昆布佃煮、だてまき、紅白蒲鉾、豆きんとん、黒豆。
我が家よりずっと凄いではないですか!
そして2年目には空調の効いた独房だったので快適だったとか。1年目の夏暑く冬寒さに奮えていたのとは別天地。

佐藤氏は今次々本を出版されているが、獄中に60余冊のノートも取って勉強したことも反映されているようである。2002年5月から2003年10月までの拘留は自身の人生に有意義な時間をくれたようなことも書いている。獄中はとても居心地よく、もっと居たかったくらいだと。

またこの人の強さを知った1冊でもあった。紹介に寄れば、接見禁止のカフカ的不条理の中、外交官としての死を受け入れ、神との対話を続けながら世捨て人にならず、人を恨まず、嫉妬せず、裏切らず、責任転嫁せず、転向もせず、人間としての尊厳を保ちながら、国家公務員として国益の最大化をはかるにはいかにすべきか?この難題を哲学的ともいうべき問いに取り組んだ獄中ノートだ。

           最初出る葉が黄色い「カネノナルキ」を見ました
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2018年2月11日 (日)

『世界探検史』長澤和俊著

P1120501_300x450長澤教授には、1986年に早稲田のエクステンションセンターに初めて登録し、その頃NHKの「シルクロード」の番組にのめり込み、たくさん本も買っていた(全部処分してしまったのは早まったか)ので、最初に受講してお会いしました。すでにあの辺りをたくさん探検されてその豊富な体験のお話もなかなかに面白かった。クンジュラブ峠(4700m)では高山病の一種でしょうか、鼻血ぶーだったとか、酷い大揺れ小型機体験などのお話が記憶にあります。豪放磊落の方とお見受けしました。教授と一緒のシルクロードの旅に参加できなかったのが残念でした。
この本は1969年に上梓されているので受講していた時にはあったわけで全然知らず、今年講談社学術文庫で刊行されたので本屋で見かけて購入しました。

探検として私が認識しているのは香辛料を求めてスエズとパナマ運河のない時代、大航海時代が始まったことや、マルコポーロに始まるシルクロード、チベットやヒマラヤ探検、アフリカ探検、そして北極や南極探検などでした。
実は探検って年表に寄れば、前7世紀アリステアスのスキタイ地方探検に始まりそれが次第にあらゆる大陸、島にまでおよび、20世紀に入ってからは近代的な科学装備により、未踏の高峰や深海、各大陸の極奥部の探検もなされ、地理的探検の時代はここに終わった。しかし残るは航空写真も進歩したものの、地名もわからず内容もほとんど知られていないのでこうした地域の実態を探検することが残された課題のようです。
アメリカ、アジア、太平洋、アフリカ、極地のたくさんの探検が網羅されているけれども北極、南極、オーストラリア乾燥地帯、アフリカ奥地など、もうそこで死ぬような苦労をしながら探検をし、実際にクック、マゼランなどはじめ多くの探検家が客死している。それでも探検家は跡を絶たない。現在は探検家とは少し意味を異にする冒険家が多くなっている。
日本では、江戸時代にジョン・万次郎の漁船で漂流してしまったような数々の漂流、そして植村直己、女性で世界初七大陸最高峰登頂の田部井淳子、単独無寄港世界一周航海の今給黎教子などたくさん知られているが、この本の中には中央アジアやチベットなどへ足を運んだ、大谷探検隊や河口慧海などが記されています。

というわけで本の中で、飛行機や車や列車のなかった時代の世界中の凄いところを、死にそうな気持になって探検して参りました。

下の方にちょろちょろと緑の葉もあるけれど、シロタエギクのように葉が白くなっているこの木、葉の色をこれから通るたびに観察したい。と言っても何の木だかわからないと面白味が半減します。   トウヒ属のコロラドトウヒとのことです。多摩NTの住人さま、有難うございました。
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2018年1月22日 (月)

『息子が殺人犯になった』 ス-・クレボルド著

『息子が殺人犯になった』ス-・クレボルド著 仁木めぐみ訳
コロンバイン高校銃乱射事件・加害生徒の母の告白

1999年4月20日コロンビア州デンバーのコロンバイン高校で、同校の生徒、エリック・ハリスとディラン・クレボルトが生徒12人と教師1人を殺し、24人を負傷させたあと自殺した史上最悪の学校銃乱射事件があった。それは未成年2人によるあまりに残虐な犯行だった。
アメリカのごく普通の家庭で育った兄弟。著者はディランの母として、妻として、女性として、教育関係者として優等生的人生を送ってきた人だ。
それがこの日に突然破壊され、絶望の淵に突き落とされ、殺人犯の家族としていきなり社会にさらされ、責められ、自身も息子を失い、価値観のすべてを壊された著者が、嘆き悲しんだ末、自分を取り戻し、世界の人に向けてすべてのことを発信する本を書いたのだ。著者紹介によると、事件直後から家族の生活の細部まで振り返り、原因を追究してきた。その過程で、精神衛生と暴力の関連性について理解を深めながら、現在は自殺を防止する活動に奔走しているというのである。

事件が起こって間もなく、職場に電話が入り、帰宅するも、警官とマスコミとヘリコプターがいっぱいで、家の中に入れてもらえず、ずっと夜まで外に立たされ、その後はとりあえずの品物だけの持ち出しが許され、ホテルへと思っても、野次馬とマスコミに晒されることで、行き場所がない。密かに夫の姉の家の地下室に数日かくまってもらうところから始まる。
最初何も知らされず、どうやら息子が犯人らしいということで、テレビを見ることも出来なくなってしまう。何も食べられず、眠れず、嵐のような、被害者や世間の人々の犯人の親に対する憎しみに対面して行かねばならない。
そんなに普段から家族の一員として格別悪い子ではなかったし、「私の育て方は間違っていなかった」と思い、とても大量殺人をする子に思えなかった。
しかし人々は言う「いい親なら、子どもがなにをしようとしているか、ちゃんとわかるはず」と。
著者が想像を絶する非難を浴び、喪失し、加害責任を引き受けていく過程が凄い。それでもわが子を否定しきれない葛藤が続く。結論は親の知らない面で、子どもは精神的に病み、自殺願望が高まっていて、友人のエリックの銃乱射に加担する残忍な方法で自殺するという、救われない自殺の仕方だった。
事件後すっかり体が弱ってしまったが、2か月後に職場に復帰するように親切な上司や同僚に言われ、ふらふらしながら、職務はまだ果たせないけれども、外に出て行ったことが凄い。
ストレスの胃腸炎で、トイレがすぐそばにない所では働けなかったという。
たくさんの裁判を起こされ、また莫大な弁護士費用で、やがて土地も家も失い、そして夫とだんだん思いが通わなくなって事件度10数年経ってから別の道を歩み始めたという。
約400頁にわたる克明な記録が事件から15年以上も経って上梓された。
毎日起こる事件で、同情できない犯人を見聞し、親が悪い、家庭が悪い、社会が悪いとそこだけに結論を持って行きがちだけれども、そんなものではないということもわかった、いささか気分が落ち込む内容でもあったが、著者は自殺願望の人を防止する活動をしているし、物凄い19年を送ってきたし、よくここまで生きて来られたなあと感嘆したのです。この人だけではない。世界にはこんな思いをしている人がたくさんいるのでしょう。状況によっていろいろ異なるも、1つの事件の内外両面からの克明な記録として私の心に深く焼きついた本でした。

今年も、ロウバイにたくさん出来た蕾をヒヨドリに全部食べられてしまいました。少し残っている万両よりは美味しいのですね。
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2018年1月11日 (木)

本:『名古屋学』と『日本の分水嶺』

『名古屋学』岩中祥史著 

東海道歩きももう少しで愛知県に入るので関係する名古屋について知ろうと鹿児島学に続いて読んだ。
著者のまえがきからの抜粋でほぼわかったつもりになれる。名古屋弁についていやに力が入っていると思ったら著者が名古屋出身だった。

名古屋は古くは織田信長、豊臣秀吉、徳川家康を輩出したところだ。何れも名古屋にその後住んだわけではないが。
特に戦国時代の混乱に決着をつけ約270年も続く江戸幕府の創始者の徳川家康に象徴されるように、名古屋人はしたたかな人種として知られるそうだ。何があっても決してめげない、よそを気にしない。
それは家康の情報力であり、名古屋人も情報力にかけて東京人、大阪人を圧倒している。

名古屋人はケチで有名である。その理由は冠婚葬祭に備えてである。特に嫁にやる娘の支度にかけるお金は他の地域より群を抜いて1000万円以上かける。…などこれって21世紀になり平成もまもなく終わりの現在もそうなのでしょうか?

そのケチぶりは会社経営にも発揮され、無借金の企業40社が挙げられているが、その中にトヨタ自動車、リンナイ、カゴメ、INAX、デンソーなど錚々たる企業が名を連ねている。
「浮かれない、騒がない、踊らされない」が名古屋の経営者の鉄則になっている。勤勉で良く学び、粘り強く取り組むので、特に生産部門では群を抜いている名古屋だ。
サラリーマンも夜、外で飲んだりせずまっすぐ家へ、無駄と思われることは一切しない。夜の盛り場もさっさと閉まるというから信じられないが、そういうことだ。

タクシーに乗る人も少ないから、他所からの人間が乗ってみるとなんでも日本一運転手さんが丁寧でサービス精神に富んでいるらしい。(私が最近医者に行くのにハイヤーを頼んだら凄く丁寧で親切で感動したので、東京でも流しのタクシーとは違うのであろうか。タクシーは東京では殆ど乗ったことがないので比較が出来ない)

バブルにものらずに堅実で、だから宅地面積も広く、地下も上がらず住みやすく、名古屋の地から他へ就職しようともしないのが大半。
名古屋は都会の「乾性」と田舎の「湿性」とが見事に調和した空間なのだそうだ。

しかし、名古屋は文化度が低く、文化不毛の地と言われる(が気にしないそうだ)。そして味オンチだそうで、味噌カツ、きしめん、ういろう…お世辞にも美味しいとは言えない料理を次々と発明する名古屋人と著者は書いている。

『日本の分水嶺』~地図で旅する列島縦断6000キロ~ 堀公俊著

降った雨の行先が太平洋か日本海か?その一本の線が大分水嶺。
北海道の宗谷岬から下関、九州は門司から佐多岬へ。
北海道は知床岬と襟裳岬にも分岐する。本州では琵琶湖の東の方から和歌山県の田倉崎へ分岐する1本があり、その続きが四国の徳島から愛媛の佐田岬へ、その先、九州の阿蘇から分岐する1本につながっている。九州には英彦山からもう1本分岐していて平戸大橋へ。
この分水嶺には「百名山」の他に「百名峠」や「歴史の道百選」「自然百選」「残したい日本の音風景百選」などが所々に出てくる。
峠からの絶景も随所にあり、花咲く湿原も随所にあって素晴らしいらしい。それを踏破しようと試みる人もいるようである。


千両をヒヨドリだけが食べていると思っていたら、1昨日鳩が食べにやってきているのを発見。塀からなかなか千両に向かって飛べなくて、やっと細い幹に飛びつき、実を突いている所。ピンボケで見ずらいです。
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2017年12月26日 (火)

『鹿児島学』岩中祥史著

著者はこの本を書くために鹿児島県の全市、ほとんどの町村を訪れたそうだ。
本土の他、種子島・屋久島を経て、悪石島のあるトカラ列島、その先の奄美諸島の与論島まで普通の地図には収まらない長い県だ。
江戸時代には沖縄まで島津が治めていた。

鹿児島県で最大、最強のものは温泉で源泉の数が全国第2位(1位は大分県)で鹿児島市内の銭湯は殆ど源泉かけ流しだそうだ。
そして思い浮かべるのが桜島(この灰だけが悩みの種)。さらに指宿・霧島温泉、焼酎、黒豚、薩摩揚げ、豚の角煮、キビナゴ、サツマイモ、白熊(かき氷)、薩摩焼、大島紬。

薩摩と言えば、明治維新の原動力となった。歴史上の人物では西郷隆盛、大久保利通、島津の殿様たち、天璋院篤姫、陸軍の大山巌、海軍の東郷平八郎、伊東祐亨(すけゆき)、山本権兵衛、洋画家の藤島武二、東郷青児、歴史小説家の海音寺潮五郎。

産業は製造品は37位、農業産出額3位、畜産業の「豚」1位、「肉用牛」「鶏」2位、食料自給率(生産額ベース)は宮崎県に次いで2位。

日本一長い「海上国道」58号線があるのが面白い。沖縄本島を貫き、与論島や徳之島を飛び越し、奄美大島に58号線が現れ、次は種子島で最後が鹿児島港から700mの西郷隆盛の銅像が建つ中央公民館交差点までが58号線の全ルートだそうだ。

路面電車が走る都市は17あるが、鹿児島市のは架線柱があり、架線が少なくすっきりしている。軌道が敷設されている部分に芝が植えられている。世界でもまれだそうだが、ついこの間スペインバスク地方で見て写真も撮ってきたところだ。お洒落な感じで、気持ちを和ませ、電車から発生する熱や騒音大幅に減らし、ヒートアイランド現象を緩和する効果もあるそうだ。
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日の丸、君が代、軍艦マーチ、国産ビール、野球、那須塩原温泉、キヨスク、一橋大学。これら全てに薩摩が深く関わっていたとのこと。
それぞれ長い説明があるが、一度読んだだけでは頭に入らなかった。

一途で猪突猛進の鹿児島人。お墓参りは欠かさない篤い信仰心。
徹底して行われた廃仏毀釈でお寺が少ない県で47都道府県中44位。国宝、文化財が極端に少ない県。しかしパチンコ店は日本一多い。本土の県内のいろいろ個所の話。藩主の搾取で悲惨な島民だった奄美大島、世界遺産の屋久島、鉄砲伝来・宇宙センターの種子島など様々な角度から357頁にわたって紹介されていてなかなかに興味深い本でありました。

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2017年12月12日 (火)

嵐山光三郎著 『悪党芭蕉』

昔から芭蕉は幕府の隠密だったので歩くのも早かったと言われてるし、今テレビ時代劇で『隠密 奥の細道』をやっている。

題名に、「えっ、芭蕉って悪党だったの」とどのような悪党かと読んでみた。
芭蕉の周辺には危険な人物が多かった。其角や画家の英一蝶などは花街で遊び、大名や旗本の屋敷に出入りし、当主を吉原に誘ったりしてそれが桂昌院(綱吉母)の縁筋まで及び、スキャンダルとなったりし、一蝶は三宅島遠流、其角も流罪すれすれだった。罪人すれすれのところで成立した俳諧は危険な文学である。という意味で芭蕉を「悪党」としてしまったとのこと。
冒頭、芥川龍之介と正岡子規の芭蕉批判が書かれる。
芥川は「芭蕉は大山師だ」といった。実はこれは芥川の自己を投影した逆説的賛辞ではあるのだけれど、芭蕉を俳聖としてあがめることによって生じる文芸の衰弱を批判したというのである。

子規は「芭蕉の句の過半を悪句駄句である」といった。子規の論は感情的で未完成の域を出ないとしつつも、その主張は芭蕉を神格化する宗匠への批判であった。芭蕉の句を鑑賞するよりも、芭蕉の廟や碑を建てることに熱中する宗匠を風刺したのであるが。東海道にも小夜の中山など芭蕉句碑が結構あった。

ほとんどの芭蕉評伝は、芭蕉を最高指導者として芭蕉を中心にとらえている結果、芭蕉に離反した俳人を脱落者として断罪する。
しかし芭蕉は自らいうように、風狂の人であって聖人君子ではない。悪党の貫禄があり、いささかでも癇にさわると、虫けらのように見捨て、重用した人ほど切り捨てたくなる性分だ。
才ある人を育てながらも気分一つで嫌ってしまう。才が鼻につくと、もう気にいらない。それを知り抜いていたのが其角だったそうだ。
芭蕉はスキャンダルを抱えた人でもあった。妾とその3人の連れ子、甥という5人の扶養者を抱えていた。
自ら進んでスキャンダルに突入していく破滅志向があった。芭蕉には衆道がいて百日間の蜜月の旅をしたとも。死後出版された『笈の小文』がそうだ。
著者は知れば知るほど芭蕉の凄みが見えて、どうぶつかってもかなう相手ではないと結ぶ。そういうことだったのですね。

今、植木鉢42鉢を家に中に入れ(これだけで腰が2日くらい痛かった)、もう庭は荒涼としています。キクが2種とチェリーセージと千両の実だけが外で頑張って咲いているだけです。
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      蛇はダメだけど蜘蛛は大丈夫。ジョロウグモはお洒落な蜘蛛です。
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2017年9月 7日 (木)

阿刀田高の「知ってますか」「楽しむために」シリーズ

オキザリス・ボーウィ(はなかたばみ)が咲きました。昨年秋も深まったころにいただいた苗で越冬し、枯れてしまったが、やっと新芽が出て一安心したら蕾が突き出てきました。花は直径3㎝位。葉は3出複葉で小葉の長さで大きいのは7㎝もあります。葉の大きさに圧倒されます。matsubaraさま、ありがとうございました。
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ダン・ブラウンの『ダ・ヴィンチ・コード』は読んでから映画を見たが、『天使と悪魔』と『インフェルノ』(上,中、下合わせて1000頁)は映画だけで本を読むのは省略。
『インフェルノ』観る前にダンテの『神曲』を読まねばと思ったのですが、とても難しそうな古典で読めないなあと悩んでいたら、婿さんが阿刀田高著『やさしいダンテ<神曲>』を貸してくれました。難しそうな『神曲』が結構面白く、こんな内容だったのかと納得した次第です。大雑把にいえば、地獄と天国に旅するダンテがいろいろな場所に自分の知っている過去、現在の人々を見るというもの。その人々が歴史上の有名人で面白いのです。地獄にいて当然、天国にいて当然の人々も世界の中世史を深く勉強してない私には判断が出来ないのもあり。

映画『インフェルノ』に関しては、謎解きながらも、ラングドン教授が追いかけられたりして走り回る所は、イタリアのフィレンツェ、ヴェネツィア、トルコのイスタンブール。ここで中世の大文学者、ダンテの「神曲」にまつわるルネサンス期のアーティスト作品を楽しむことができる。

阿刀田高氏が、ダンテ『神曲』と同様に古典をやさしく書き直した本を婿さんが貸してくれたので、ここ数ヶ月他の本と交互に古典の世界に浸っておりました。これで凡そ知った気になれたのが何とも心地よい。旧約聖書やギリシャ神話は今まで何度読んでも頭に入りませんが。

・イソップを知っていますか
・アラビアンナイトを楽しむために
・楽しい古事記
・ホメロスを楽しむために
・プルタークの英雄伝 <黎明編><栄華編>(ローマ・ギリシャの英雄たち)
・ギリシャ神話を知っていますか
・コーランを知っていますか
・旧約聖書を知っていますか
・新約聖書を知っていますか

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8月で終わってしまった「吉田博展」に行ってきました。これは凄い画家と感動して感想をと思ったところ、昨年8月に『吉田博作品集』で感想を書いているのとあまり変わらない想いです。 →こちら
吉田博(1876~1950)は養子になるも義父の急逝で18歳にして家族6人を養うという苦労の人でありながら、そして黒田清輝率いる白馬会に席巻され、旧派として排斥されながらも、太平洋画会を成立し、大御所10歳年上の黒田と対立する強い人。画友たちが「絵の鬼」と呼ぶほどの人で、23歳で友人とアメリカに渡って展覧会を各地で開き成功をおさめ、凄い売り上げを得た。そのお金でそのままヨーロッパを巡って勉強する。次は後に結婚する義妹と一緒に同じように外遊し、結婚してからも外国を巡る。初期のデッサンの確かさ、水彩画、油彩画、登山と山岳画、そして何と言っても素晴らしいのが50歳過ぎて始めた木版画だ。日本の風景だけでなく、欧米の山や名所を摺る。インド、ヒマラヤも年単位で滞在して木に刻み込むのです。
誠に異色の画家、強靭な精神力を持つ、鬼のような情熱を注ぐ人と申しましょうか。

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