2019年5月 5日 (日)

塩船観音寺のつつじと大井戸公園ぼたん園

10連休も残すところ1日とちょっと。一年中お休みだけれど、お休み気分に浸って、つつじの花見、障子貼りをしたり、美術館に行ったり、お休みだからこそじっくり難しいと言われる本をと『薔薇の名前・上』を読みました。理解できないところもあったけれども、この後下巻を借りて読んでみようと思います。
ショーン・コネリの映画を忘れているのでもう一度観たいものです。今ローマ法王庁でも問題になっているようなことが、古来修道院でもあったし、キリスト教も法王庁と教会と各修道院と様々な派に分かれ熾烈な争いになっているのは、現代とこれまた全く変わらない。しかし修道士といえどもラテン語の勉強に始まって、その奥深い宗教に関する勉学はその理論が理解できないほど難しい。そして彼らに課せられたのは瞑想だけでなく(以前見た『大いなる沈黙へ』が迫力あった)、役割分担があって衣食住に関する仕事は作ることから始まり、また写本や聖櫃作りなど身をすり減らす仕事があるのを知りました。


つつじがすり鉢型に咲いて有名な青梅市の「塩船観音寺」に行ったのは4月29日でした。河辺駅からぐるっと歩いてぼたん園に寄ったりしてまた河辺駅へ。

つつじは15年前と変わらず見事に咲いていました。本堂もどこもみな行列。ぼけ封じ薬師如来には殊の外丁寧にお祈りしてきました。
Photo_40

Photo_41

Photo_42

Photo_43

Photo_44 

Photo_45 Photo_46

Photo_47 Photo_48


田んぼの蓮華を見るのは久しぶり。
Photo_49

藤橋城址公園 全国では3万も城があったそうで、こうした知らない城址も次々出てくるものです。
Photo_50

川越街道一里塚の榎 街道も5街道くらいしか頭になかったけれども、全国には一体いくつあったのでしょう?
Photo_51

大井戸公園ボタン園
Photo_52

Photo_53

Photo_54 Photo_55

Photo_56 Photo_57

青梅新町の大井戸(東京都指定史跡)  まいまいず井戸の一つ
大井戸とは水の得にくい武蔵野台地に構築されたもので、これは最大級。東西約22m、」南北約33m、深さ7mの擂鉢部と周囲の盛り土からなる。戦国時代から江戸時代初めに造られ、古青梅街道と秩父道の交差する位置にあり道行く人馬の水供給の役割があった。
Photo_58

旧吉野家住宅(1855年)(東京都指定有形文化財)
4_11

女子会だったので、河辺駅近くで「あんみつ」で疲れを癒しました。
Photo_62



5月2日に咲いていた近くの都立公園のユリノキの花
Photo_59

Photo_60

Photo_61

| | コメント (18)

2019年3月26日 (火)

東京都薬用植物園にて

3/22東京都薬用植物園ではいろいろな花が咲いていました。


カタクリ
2_2


1_3


ヒトリシズカ
Photo_3
 
ウグイスカグラ
Photo_4

シュンラン
Photo_5


ヒゴスミレ
Photo_6


チオノドグサ
Photo_7


ユスラウメ
Photo_8


アンズ
Photo_13


Photo_10


アブラチャン
Photo_11


Photo_12


コナラのドングリから発芽した赤ちゃん。教えてもらいに行った指導員の方も大変珍しいと言っていました。残念ながら育たないそうですが。
Photo_14


『なぜ、江戸時代の庶民は時間に正確だったのか?』山田順子著(時代考証家)


また江戸の話です。
江戸の長屋は上下水道が完備していた。それで100年で当時世界一の人口100万都市になった。パリやロンドンは50万。セーヌ川やテームズ川の水を飲み、下水はなく糞尿を道路に階上の人まで投げ捨てていたというエピソードは有名だ。そのため疫病が常に流行っていた。
江戸は糞尿を農家が買って、運んでくれたのですから、こんな社会はなかったのです。
江戸では下水は最後は堀や川へ流れ込むが、吐き出し口に杭や柵を設けて、ごみが一緒に流れ込まないようにしていた。掃除や修繕は町内ごとに費用を出して人を雇い、下水道を維持していた。水の管理に江戸は相当お金をかけていた。
今みたいに便利でもなく、豊かでもなく、娯楽も少なく、病気になれば治らない場合が多かったけれども、それに天災、火事が多かったが、完全リサイクル社会だったのでごみはほとんど出なくて世界一清潔な町であった。
その火事が多かったので庶民はすぐ逃げられるように、一番の財産の布団はいつも包んであり、鍋釜も少ししかなく、すぐ持って逃げられるようになっていた。庶民は貧しくその日暮らし。ましてや江戸時代布団は高価で掛布団まで買えなかった。敷布団を半分に折って、その中に柏餅のように横になって寝ていたとか。そうすれば、掛布団はいらないし、土間と四畳半か六畳一間で4,5人暮らしなので面積が半分で済んでみんな寝られる。日本は綿の栽培が増えず、綿ではなく、まず布に織ることが優先だったから、布団がとても高価だったというわけだ。初期は着物の重ね着と蓆が布団代わりだった。後になっても掻い巻きを持っている人は少なかったようだ。あのすーすーした長屋でさぞ寒かったことでしょうに、辛抱強かったのです。


江戸時代のやくざは関東地方に多く、関西にはいなかったそうだ。生糸が原因で生糸を売って農家が現金を持つようになり、流行ったのが博打。胴元が必要で、金があって素行の悪い地元の顔役がなったなどのことが理由のようだ。


バカ殿様でも政治ができたシステムあり。
大奥は江戸の女性にとって憧れの就職先であった。
西郷隆盛は大の写真嫌いであの顔は亡くなったのちに描かれたもの。
新選組のあの衣装は20万円のオーダーメイドだった。
おかずが少なかったからか一日五合のご飯を食べていた。
時代劇の言葉は今に合わせている。本当は鎌倉時代は平家琵琶の語りのような会話であった。室町時代の言葉は能や狂言。江戸時代は歌舞伎の中で唄われる浄瑠璃や長唄だそうだ。などなど知らないことが多くて面白い。

| | コメント (20)

2019年2月18日 (月)

氷室椿庭園

『江戸人の老い』氏家幹人著で意外な事実を知りました。

鈴木儀三治と言う人が越後国魚沼郡にいた。先祖は上杉謙信に仕えた武士。家業は質屋。
父が早く引退したので20才ころから家業をゆだねられ良く働いたという。そして親孝行をし、両親は満ち足りた晩年を過ごして往生を遂げた。
ところが、老後、几帳面で潔癖症でしかも物を捨てない性分。後を継いだのが婿で、仕事のやり方ばかりか、婿の生活態度まで世話を焼いて口うるさかった。親戚にまで愚痴をこぼし、自分が中風にかかった時も娘からさえも復讐の言葉を浴びせられたほどの人だったという。自分の家だけでなく他人の家の揉め事まで口出しして、逆に批判を浴びることもすくなくなかった。
結婚遍歴は6人。5番目までは3番目の妻だけは死別であとの4人は離婚。娘も先に亡くなり、翌年家を出て分家の家に居を移し、その翌年享年73才で中風の再発で亡くなったという。その前に7万字にも及ぶ遺書を書いていた。それは婿養子に対する不満であり、そんな家族と最晩年を過ごさなければならないわが身の悲哀をこぼす言葉だったという。
この人こそ名著『北越雪譜』の著者として知られる鈴木牧之である。うーん、驚きました。
この本を以前読んで、雪国の事をこんなに詳しく著した人、凄い著者だと感じた。当時ベストセラーで第1版が700冊だったそうだ。
遺書を書かなかったら家族と当時の廻りの人々しか知らなかった。本からは人が全然見えてこないわけです。

            *:,.:.,.*:,.:.,.*:,.:.,.。*:,.:.,.。*:,.:.,.。*:,.:.,.。*:,.:.,.*:,.:.,.*:,.:.,.*:,.:.,.。*:,.:.,.。*

見舞いのついでに茅ヶ崎の「氷室椿庭園」に行ってきました。まだちょっと早かったのですが、それでも幾種類か咲いていました。
1_450x300
サイトによると、三井不動産の元副社長である氷室 捷爾・花子さんご夫妻の庭園が、茅ヶ崎市へ寄贈され、平成3年10月に開園した。
広さ約2,800平方メートルの庭園には、椿や松、バラなど1,300本におよぶ庭木類が植えられています。 椿の種類は200種以上におよび、なかでも「氷室雪月花」は、白や淡桃色の地に紅色の絞りが入った美しい品種です・・・とあります。

氷室雪月花・・丁度満開でした

81_450x300
82_450x333
氷室椿庭園内にある「旧氷室家住宅主屋」は、昨年11月に国の登録有形文化財に登録されたようです。これは昭和10年に建てられた旧氷室家住宅主屋が、昭和期の都市近郊における別荘開発の様相を伝える建造物として評価されたものです。
450x300
今咲いている椿・・少々満開を過ぎたものありですが・・以前来ているのに名前を何も憶えていません。

      紅ろう月               中部西海波
2_450x326 5_450x315


      紅侘助                 蝦夷錦
61_450x346 7_450x296_3

     サンダイヤル              おおにじ
10_450x300 13_450x300

     日の丸                  迦陵頻
11_328x450 12_450x300_2

      すきや侘助              明石潟
14_450x300_2 15_450x300

     
      大黒天                 出羽大輪
16_450x324 17_450x300

      春日影                 応縁寺
18_450x300 22_450x356

| | コメント (22) | トラックバック (0)

2019年2月14日 (木)

温室に逃げ込んだ新宿御苑

有権者権利放棄で悪政にと書いてあったのも頷けるが、国会中継をちょろっと見て質の劣った(失礼)大臣初め、今の政治家も一体何なのよと情けない毎日。
国家予算を膨らますばっかりで、何でも自分の時は金を使って良い政治をしているかに見せかけ、自分の私利私欲だけに国会議員になっている。
どなたが身を削って、無駄をなくして、オリンピック(税金でどうやらすごい賄賂を贈った模様)よりも、もっともっと国内の困った事態にお金を使って、さらに国家の借金を、次代に押しつけていくということに気が付いて、政治をやってくださらないものか。皆無かな。
今は総選挙のために国会をやっているようなもの。いろいろ出来上がった仕組みも悪いのですね。嘘をつく。隠ぺいする。悪いことを平気で言ったりしたりする方もいて、これが選ばれし政治家か。
何でも某国に日本が乗っ取られると言う本も出てきている。回りはスパイだらけとも。ああ、情けない。

      ==============================

まだ梅も咲いてない新宿御苑に足慣らしに行ってきました。
天気予報当たらず、曇天の10度以下の寒い日、殆どを温室の中におりました。

現在の見どころは、ソシンロウバイと寒桜、水仙で、この時期何回も見ている景色は変わらず、殺風景とした冬枯れを賑わしています。
入園者の大半が外国人であることにも驚きました。それも西欧人が多かったからです。

                      ロウバイ
450x300
                      水仙
21_450x300
22_450x348 23_450x300

                 梅の開花はまだこんな程度
31_450x300
32_450x301
                   ハクセキレイ4態
41_450x439 42_442x450

43_450x449 44_444x450_2

                       ツバキ
5_450x300
                   クリスマスローズ
6_450x300
十月桜 マメザクラとエドヒガンの交雑種。八重。秋と春2回咲く。いざ桜を見ると、四季桜、子福桜、冬桜などとごちゃごちゃになってしまいます。
7_450x333
寒桜 晩冬から早春に咲く桜。オオシマザクラとヒカンザクラの自然交配種といわれる。上野の大寒桜は咲いているかしら。
81_450x300
8_450x300
                     ジャノメエリカ
9_450x300
温室と温室前から見た新宿ビル群 温室に入るとあまりに暖かいのでカメラが曇って暫く撮影できず霧の中の花となってしまった。
101_450x300
102_450x300
ここの温室は明治8年(1875)に無加温式で建てられ、ブドウ、スグリなどだったが、明治26年(1893)に加温式になりメロン、パイナップルなど栽培。
大正から昭和初めにかけて洋ランの交配に力を入れ、○○・シンジュクを多数輩出した。

                  ションボレリア・シンジュク
11_450x300
第2次世界大戦でほとんど失われたが、昭和26年から一般公開され、昭和33年、当時として東洋一の大温室完成、その後増改築を重ねたが、平成24年全面建て替えを行ったのが現在のもの。熱帯の植物中心に約2700種。絶滅危惧種の種子の保存もしているそうだ。沖縄だけでなく、小笠原の植物、乾燥地の植物も展示されている。何度来ても飽きない。

                      
エピスシア・クプレアータ  orangepekoさんありがとうございました。12_450x300
                    熱帯スイレン
131_450x300
14_450x300
パフィオペディルム類 原種はワシントン条約で取引が規制されている
151_437x450 152_380x450

153_409x450 154_421x450

155_434x450 156_392x450

                    ムニンタツナミソウ
16_450x300
      ディホーン・スピヌロスム 白いソテツの実がかなり大きかった
17_450x300
        キンシャチとセントポーリアは好きなので毎回載せてしまう
18_450x426
19_450x300
             サルオガセモドキ(パイナップル科ですって)
20_300x450_2

| | コメント (18) | トラックバック (0)

2019年2月 4日 (月)

壁面緑化

253x450_2

317x450_2
こうした壁面緑化は東海道歩きでは、東京駅近くと戸塚辺りで見かけたが、我が駅の北口が開発されて高層マンション下層部の一部に施されました。
すぐ近くで見られたので観察したところ、まるでブロックのようで用土とは言い難い固そうな所へ様々な植物が植えられ、チューブが配管されているのが見え、完全自動灌水対応のようです。もうすぐ1年になろうとしていて、メンテナンスを見かけたことがないのでわからないけれども、ずっと植物は枯れずきれいに保たれています。
他の形式の様々な壁面緑化もヒートアイランド抑制効果があり、環境保全にも役立っている。

450x314
昨年12/26の家のソシンロウバイの花と蕾。ヒヨドリがやってきて蕾を食べ始めたので透明ビニールを被せたところ、今年はまだ15も蕾が残っていたので全部開花させ、ビニール越しで見栄えが良くなかったけれど、良い香りが楽しめました。昨日ビニール袋を取り去ったところ、緑の葉は落ち、匂いもなく、開いた花びらに皺が寄っていました。

    ▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△

色川大吉著の『フーテン老人世界遊び歩記』『フーテン老人ふたたび 私の世界辺境周遊記』を続けて読みました。

日本近代史、自由民権思想史の大学教授で現在93歳で東京経済大学名誉教授。
兎に角、片方の肺の半分がないから、チベットなどに何回も行く中、高山病で殆ど死にかけていらっしゃる。
そのチベットや玄奘三蔵の歩いた世界で最も過酷なシルクロードや当時入国が大変だった中央アジアや、ラダック、ブータン、4度も行ったアフガニスタン、パキスタン、アンデス越えをしたり、怖かった中央アメリカ、パタゴニア、メキシコ、キューバ、ニューカレドニア等々普通の人が当時いかなかった大変な所へパック旅行は殆どなしで個人や友人と歩き回る。
89歳でまた10年のパスポートを入手されたとか。

旅行記もいろいろですが、この先生の旅行記は面白く、文学的で、また途中で出合った凄い人々の話も興味深い。
黒沼ユリ子は知っていたけど、メキシコの画家、フリーダ・カーロを知らなかったです。何でも6歳のときに急性灰白隨炎になり、18歳のときに交通事故で17か所の骨折と28個のコルセットをし、30回手術。最後は足の壊疽で半分切断。それなのに絵を描き、政治活動もし、旦那の浮気に泣き、自身もイサム・ノグチやロシアの革命家のトロッキーなどと浮名を流すのです。旦那とは離婚し、1年で再度結婚。47歳で死去。著者は絵よりも寝室やアトリエに胸打たれたそうだ。

以前慕辺未行さんに紹介されていて読んだ『秘境西域八年の潜行』の著者西川一三氏に会われたそうだ。帰国後、本を上梓したと後どうされていたか?
・・・帰国後、謙虚な生き方をつらぬく。自分のしたことを誇らず、故郷盛岡にかえり、過去を消して一事業者としてつつましく生きた。高齢にもかかわらず働き詰めに働き、「人間は死ぬまで仕事をしなければならない」「自分のことは自分でしなければならない」「人間最後まで一人で生きてゆく気概がなければ」・・・
と自戒されていたそうだ。ご家族がいらしたけれど。89歳で亡くなるまで元旦以外はずっと働き通した人の信念であった。WIkiに寄れば故郷は山口、福岡のようだ。

| | コメント (24) | トラックバック (0)

2018年8月 9日 (木)

都立薬用植物園

薬の勉強でなく花を楽しみに行く薬用植物園です。

そういえば、小田原の<ういろう>で買った「透頂香・ういろう」なんですが、効能は「腹痛、下痢、胃痛に始まり途中、夏負け、寒さ負け、そして広く急病に用い又強壮剤として常用す」とあります。141粒で1000円だったか、1回大人は10~20粒服用。凄くよく効くと友人から聞いていたので買ってみて試したみたところ、結果は何も私には効かなかった、ということです。漢方は風邪薬でも以前いろいろ使っていましたが、やはり医者に行く羽目に。西洋医学が処方する薬にずっと頼っていたたため、私には漢方は役に立たず、値段も高いし、残ったういろうはお守り代わりに持ち歩いています。
昔の人は植物や虫や石など自然界にある中から研究して薬にしたわけで、歩いて旅した時代の人々にとって「ういろう」のような薬は高くてもどんなにかよく効き、ありがたかったであろう。まあ、それなのに西洋薬に浸ってしまったおんぶにだっこの私には何も効かないということに驚いているここ数ヶ月です。
それなのにこの植物園に来て、それでもちょろっと効能を見たりしていました。午前中から猛暑の日ですぐ木陰に避難。外の木陰より更に涼しかったのが温室とは。係員さんが資料室で涼んでいったらということで、そこで冬虫夏草をしげしげと見てきました。

コンニャクの花の実 マムシグサの実のオレンジ色版という感じでとうもろこしみたいでもある。
1_300x450
                 ヤマトシジミチョウでしょうか
450x301
                      トウワタ
450x300
コガネバナ 根の断面が鮮やかな黄色をしているので付いた名。消炎、解熱、下痢とありました。しそ科の花に似る。
450x300_2
                     コガマ(ガマ科)
450x300_3
  シロヤマブキの実 シロヤマブキの花は4弁なので実は4つ。しかし色が意外。
450x311
               ハマナスの実 食べられるそうだ
450x300_4
       オオボウシバナ(ツユクサ科)ツユクサの変種で青色染料となる
450x301_2
                  センニンソウ 有毒植物
450x300_5
         カブトムシ 大学生が他所の木からここに集めていた
10_300x450
ヘチマの花 子供の頃以来お目にかかる花で意外と大きかった。たわしと化粧水としての用途がありました。
11_450x300
               ナタマメの花 酢漬けにするらしい
12_450x344
     ブチヒゲカメムシ ナタマメにいた。大豆、綿、胡麻、稲穂などの害虫。
13_450x325
         ミソハギ(ミソハギ科) 民間療法の急性腸炎、下痢止め。
14_450x300
        ハブソウ(マメ科) 葉がハブに噛まれた時の民間薬であった
15_450x312
          トウガン(ウリ科) 葉の形が目立つ。漢方では鎮咳。
16_450x300

温室
            アカホオオショウガ  面白い所に花が咲く
17_450x449
                  オオバナアリアケカズラ
18_450x300
                  ジュズサンゴ 小さな花
19_450x301
         インドジャボク 血圧降下剤。世界を変えた薬用植物。
20_450x300

資料室
                    冬虫夏草
21_450x260_2
                   マンネンタケ(レイシ)
22_450x259
23_450x300
24_450x300

           _/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/


夏休みを取った娘たちが次に行ったのが高崎。何しに行ったのかと思ったら、かみつけの里博物館と保渡田古墳群で埴輪を見たついでに洞窟観音と徳明園へ。
その翌日に上野の「縄文展」で土偶を見に行っていました。
群馬県のお土産もなかなかに美味しくどんどん食べています。
86_450x389
86_300x450

| | コメント (16) | トラックバック (0)

2018年5月14日 (月)

三代将軍家光遺愛の松(盆栽)とバラの鑑賞(都立園芸高校)

世田谷ウォーキングで開催された都立園芸高校訪問に参加しました。

駒沢公園オリンピック記念塔の前に集合 出発してここに戻るまで約3.5㎞
300x450_3

深沢の園芸高校に到着すると、正門から本館までイチョウ並木が続いている。大正元年(1912)に植えられたとのことで樹齢は90余年になる。本館側から撮影。
450x300_2
正門の脇に「兎々呂城」の石碑が建っている。
調べてみると、園芸高校の所に兎々呂城があったそうだ。城主は南条右京亮重長公。南条家は小田原北条家の家臣で、国府台合戦において戦功を上げた事から、この領地を与えられたと言わる。この「兎々呂城」は「城」を「キ」と読み「トドロキ」と読んだのではないかといい、それが現在の「等々力」という地名になったという説もあるようです。
300x450_4
ハナミズキ(別名アメリカヤマボウシ)
大正元年、当時の東京市長・尾崎行雄氏から3000本の桜はワシントンに贈られ、今もポトマック河畔に咲いている。(以前行ったときは花の咲くのが遅くて咲いてなかったのが今でも残念)その返礼として大正4年に白花のハナミズキが40本東京市に贈られ、そのうちの2本が園芸高校に植えられた。他のは全部絶えたが、ここの1本だけが今も花を咲かせている。咲いたらすぐ花柄を摘み取るという作業が行われるそうだ。
300x450_5
三代将軍家光遺愛のゴヨウマツ。全部で3鉢あるそうだが、園芸高校には2鉢、皇居に1鉢あるそうだ。
450x300_3
7_450x300
下から幹を写すとこんなに太く普通の松の幹と勘違いしそうだ。樹齢500年とのこと。植木鉢の中の根はとぐろを巻いている凄い状態なのでしょう。こんなに圧縮されても生きている姿は感動ものです。
8_450x300
     風雨の時などはレールに沿って奥の小屋に避難できるようになっている
9_450x300
この学校ではゾウガメが飼われている。
名前はきんさん、ぎんさん。長寿で今世界で一番長寿のゾウガメは200歳とか。
10_450x330 11_450x297


バラ園 
昭和8年本校卒業の鈴木省三氏(京成バラ園芸所長だった、バラの育種家)より寄贈されたバラが植えられている。
昭和63年(1988)に設けられ、バラの品種の歴史を系統的に学べる日本で唯一のバラ園。原種・古代バラが88種168株、現代バラが約120種425株植えられている。
450x300_5
450x300_6
450x300_7
450x300_8
5_450x300
450x300_9
450x300_10
                     マチルダ450x300_11
450x300_12
10_450x300
    原種の方はもう殆ど咲き終わっていた。早く咲き開花期も短いそうだ。
11_450x300
                山椒バラ」が一輪のみ残る
121_450x300
地図で見ると、駒沢公園の約4分の1の敷地を持ち、東京ドーム2つ分の広さの当校には、イギリス式庭園とフランス式庭園もあり、外部には玉川果樹園や伊豆下田農場もあるそうだ。
教室内にいる生徒は見えないが、盆栽の実習をしている生徒を見かけた。
曰くのある植物やちょっと満開を過ぎたバラを見られて大満足でした。

| | コメント (12) | トラックバック (0)

2018年3月31日 (土)

皇居乾通りの桜

2/24から一般公開された今年の通り抜けに27日に友人と行って参りました。

まず銀座7丁目の島根・松江の郷土料理の店「皆美」にて<鯛めし御膳>で昼食です。
松江七代目藩主の茶人でもあった松平不眛公が汁かけご飯を好まれたことに由来し、明治21年創業のこのお店が御殿料理に仕上げたもの。
鯛のそぼろと玉子の黄身と白身、おろし大根、海苔、わさびをのせ特製のだしをそそいで頂く。年寄り向きの上品なお料理でした。

       10階のテーブルから見下ろすときれいなビルが並んでいます
450x300
450x300_20 450x300_21

450x300_22 4_450x300
450x300_23

日比谷公園が意外と広いことに初めて気が付く。いつも噴水の所どまりでした。
450x300_2

  随分たくさん並ぶらしい。午後1時過ぎは全然並ばずすんなり入れました。
450x300_3
                      坂下門
450x300_4
                     宮内庁庁舎
450x300_5
                      富士見櫓
450x300_6
                       局門
450x300_7
450x300_8
                 門長屋(長屋門ではなかった)
450x300_9
                       ベニシダレ
450x300_10
                      道灌壕
450x300_11
                       山吹
450x300_12
450x300_13
                       乾壕
450x300_14
                    エドヒガン
450x300_15
                      ベニシダレ
450x300_16
                       乾門
450x199
450x300_17
450x300_18
                   和田倉噴水公園
2_450x300


        家に帰ってからの夕日の空がこの日はとてもきれいでした
450x300_19

| | コメント (15) | トラックバック (0)

2018年2月26日 (月)

今年の観梅は

東横線沿線の大倉山公園へ行きました。曇だったので青空の梅の美しさが見られなかったのが残念です。吉野梅郷は今年復活したそうですが、またそのうちに。

大倉山は元々、「太尾」という地名で駅名も太尾駅だったのが、昭和7年大倉精神文化研究所(現在の記念館)の創立を契機に大倉山と改定されたが、学校、神社、公園等に太尾の名前を残している。
駅の横の坂を数分上がると、ギリシャ風神殿を彷彿とさせる大倉山記念館がある。洋紙業界で活躍した大倉邦彦が建てた。二層の塔屋を持ち、中央部に吹き抜けのある大階段と殿堂があり、両翼部各室を配し、背面には中庭を囲んで回廊が廻る複雑な空間から成り、全国的に銀行を手がけた建築家長野宇平治が設計した。

450x300
                中は撮影禁止。チラシより。650x634
              色があまり黄色くないマンサク
450x300_2
450x300_3
                 ミツマタ蕾と花の咲き始め
450x300_4
450x300_5
                  大山方面が見えた450x300_6

梅園は32種200本のこじんまりしたものです。200本もあるようには見えない。最盛期昭和12年には1000本もあったそうですが、大戦中薪として伐採され、食料不足で芋畑になったとか。
450x300_8
450x300_7
450x300_9
3_450x300
450x300_10
450x300_11
野梅(ヤバイ) 何時も名前が覚えられないけど、今年はこの名前だけは記憶させようと思った。とても良い香りで感動。
450x300_12
                      白加賀
450x300_13
                     八重寒紅
450x300_14
                      鹿児島紅       450x300_15
        隣の曹洞宗・龍松院がこの広い公園の昔の持ち主だった
450x300_16
          文殊堂 北条早雲守護物の文殊菩薩は見られない
450x300_17
              太尾見晴らしの丘公園は殆ど展望なし
450x300_18
寒さの中でしっかり生きているみたいなサルノコシカケの種類か。カワラタケと教えていただきました。Sさんありがとうございました。
450x300_19
                  丘の下は鶴見川 450x300_20
                 綱島駅前のミツマタ
450x300_21
               綱島公園入り口稲荷神社の猫
450x300_22
       公園内の綱島古墳 5世紀後半のもので、地域の首長の墓
450x300_23

| | コメント (22) | トラックバック (0)

2017年10月 2日 (月)

シモバシラの花・殿ヶ谷戸庭園にて

シモバシラ(シソ科)の花 冬になると、枯れた茎の根元に霜柱のような「氷の結晶」ができる。以前初めて景信山で見た時は興奮しました。

「季節の花300」よると、
茎の部分が枯れて、 気温が氷点下ぐらいにまで下がった早朝。
しかも雨や雪が降っていないとき、強い風が吹いていないとき。勿論雪が積もっていないことも。
今まで4回くらい見たのはこの偶然が重なった時だったときでラッキーだったのです。
こんなにたくさん咲いている園内、シモバシラが出来たら見事でしょう。タイミングを見計らって見に行きたいものです。
450x338
450x338_2
450x338_3
園内450x150
450x356
萩のトンネルと萩338x450
450x351

回数重ねて来ているのに、馬頭観音の石碑を見るのは初めてです。武蔵国分寺にある馬頭観音11基のうちの一つだそうだ。
江戸時代府中宿へ助郷として馬の供給をしていたので、馬が多かったとのこと。338x450_2
湧水の池450x338_4
今の国分寺駅あたりの昔の景色。寂しい武蔵野の原野といった感じ。想像以上でした。450x338_5


丁度園内隅の蔵で「秋の山野草展」が開かれていました。たくさんあった中から花が咲き、実がなっていたほんの一部の作品を。
手入れだけでなく温度管理なども大変そうな野草たちですが、小さくて可憐で、青や紫、白が多かったです。

                  ギンミズヒキ(タデ科)450x338_2_2
                 ウズラバムレチドリ(ラン科)450x338_6
                   タムラソウ(キク科)450x338_7
               ヒダカミセバヤ(ベンケイソウ科)450x338_8
          マキギヌ別名クモノスバンダイソウ(ベンケイソウ科)450x338_9
                  サルナシ(マタタビ科)450x338_10
                  シクラメン(サクラソウ科)450x338_11
                  白ホトトギス(ユリ科)450x338_12
                  ベニバナオケラ(キク科)450x338_13
                 スズフリラッキョウ(ユリ科)450x338_14
フユノハナワラビ(ハナヤスリ科)450x338_15
                  ダンギク(クマツヅラ科)450x338_16
                   ホトトギス(ユリ科)450x338_17
                     ローヤガキ450x338_18

| | コメント (14) | トラックバック (0)

より以前の記事一覧